インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

いつか川向うへ行ってみたいなと思ったら来てた

シンガー・ソングライター風太郎氏に「前向きな歌」というのがあります。ネットを検索したら、YouTubeに何本か動画がありました。


www.youtube.com

いつか川向うへ行ってみたいな/と思ったら来てた
前向きな歌です/ポジティブ・バイブレーション
だって後ろ向きじゃ歩きにくいです

私がこの歌を初めて聞いたのは、もう35年くらい前のことです。当時は、水俣生活学校という「農的な暮らし」を実践する一種のフリースクールで働いていました。秋の収穫祭かなにかのイベントでミニライブが行われて、そこで聞いたと記憶しています。風太郎氏ご自身の出演だったのか、地元のアマチュアバンドがコピーして歌ったのかは覚えていませんが、一度聞いて、すぐに覚えてしまいました(とっても短い曲ですしね)。

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上掲の動画では、風太郎氏はレゲエ調で歌っていますが、私が聞いたときはもう少しフォーク寄りの雰囲気でした。それと、後半の歌詞が少し違っていて、私は「前向きがいい/前向きがいいよね/だって後ろ向きだと歩きにくいんだもの」と覚えていました。でもこれだとちょっと字余りになるから、やっぱりあれはコピーバンドによるアドリブのアレンジだったのかもしれません。

それはともかく、「いつか川向うへ行ってみたいな/と思ったら来てた」というのはなかなかに深い人生の哲理ではありませんか。ミヒャエル・エンデの『モモ』に登場する、道路掃除夫ベッポの言葉を思い出します。ペッポは、長い道路の掃除をするときに、その長さを心配してスピードを上げるとか、あとどれくらい残っているかを確認するとか、そういうやり方はよくないと言います。

 いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。
 するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。
 ひょっと気がついたときには、一歩一歩すすんできた道路がぜんぶおわっとる。どうやってやりとげたかは、じぶんでもわからんし、息もきれてない。
 これがだいじなんだ。(岩波少年文庫127『モモ』52ページ)

これ、仕事に限らず、語学でも趣味でも、なんなら日々の暮らしの家事でも同じだと思うのです。課題の大きさにおののくあまり、いつまでもコンフォートゾーンに留まっていることなく、目の前のやるべきことを前向きにていねいに一所懸命(まさに一所(ひとところ)に集中して)やっていると、いつのまにか予想していなかったような所にたどり着いている。そういう自分をあとから発見して驚くというのは、よくあることなんじゃないかと。

先日、二年間一緒に学んできた留学生が卒業式を迎えたので、私は風太郎氏のこの「前向きな歌」を歌ってさしあげました。

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