インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

日本ではあまり根づいていないドギーバッグ

ドギーバッグdoggy bag)というものがあります。飲食店で食事をした際、食べ残したものを持ち帰るための袋や容器のことです。Wikipediaの解説によると……

客は「犬に食べさせる」という建前で店から食べ残した料理を持ち帰り、たいていは人間が食べるために用いられている。(中略)少なくとも戦時中に日常的な食料不足に陥り、ペットの飼い主がテーブル上の食べ残しを動物に与えるよう奨励された1940年代以来、米国では一般的な現象となった。

……とのこと。日本でも持ち帰りやテイクアウトのための袋や容器はよく見かけますけど、食べ残しを持ち帰るためのそれはあまり普及していません。中国語圏でも“打包”といって、食べ残しを持ち帰る文化が広く見られるのに、なぜ日本では根づいていないのかなと思っていたら、東京新聞環境省が取り組む「食べ残し削減」の一環として、デザインを公募したドギーバッグの話題が載っていました。

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なるほど、日本でドギーバッグが根づいていないのは、衛生上のリスク(食中毒など)を心配しているからという理由が大きいんですね。以前、とあるお寿司屋さんで持ち帰りの折り詰めを頼んだら、特定のネタ(貝類など)は持ち帰りできませんと言われたことがありました。当時私のアパートはそのお寿司屋さんの裏だったので「すぐそこですから」と言ったのですが、お店の方からは「一応、決まりなので……」と。

上掲のウィキペディアによれば、最初に普及したアメリカでは「ドギーバッグで持ち帰った場合、仮に家に帰ってから食べたために(調理されてから時間が経過したために)料理が傷んでしまった(食中毒の原因になる細菌数が増加してしまった)結果食中毒を発症したとしても、それは自己責任であって店は責任を取らない」とのこと。

このあたり、お国柄の違いが現れているように思えます。公共交通機関などでの過剰なアナウンスや張り紙などもそうですけど、日本ではとにかく事前に責任を回避しようという方向に振れがちなんですね。自己責任だと言いきれない。くだんのお寿司屋さんも、何かあったときのための責任を押しつけられてはたまらないという気持ちゆえの「決まり」だったのでしょう。なんでもかんでも自己責任で済ませるよりはよほどいい社会なのかもしれませんが、ひとりの人間としてやや自律・自立できていないかなとも思います。

中国語圏の“打包”は徹底していて、みなさんけっこうな量の料理を持って帰ります。今の時代はどうだか分からないけど、私が実際に目撃した例では、火鍋屋さんで、食べ終わったあとの鍋つゆをビニール袋で“打包”するなんてのもありました。いろいろな具材の味が溶け込んでいるので、もったいないって。

まあそこまでするかどうかはともかく、日本でもコロナ禍でテイクアウトがこれだけ普及したんですから、今後はドギーバッグも定着していくかもしれません。食中毒の可能性を気にしすぎていたら、商売にならないですよね。消費者の私たちも、早めに持って帰って早めに食べるなど、自分の頭で考えて責任を負うようにしたいものです。