インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

じいさんばかりが跋扈する

昨日の東京新聞朝刊に「フェミニズムの過去・現在・未来」という記事が載っていました。「女らしくすべし」でも「女は毅然と生きるべし」でもない「ここに居る女」として生きる、右でも左でもない真ん中を生きるとおっしゃる田中美津氏。かつては女性学がアカデミズムに属して遠い存在だったのが、ネットやSNSの登場で広く共有されるようになり、これからの「伸びしろ」は大きいとおっしゃる山内マリコ氏。いずれも共感を持ちましたが、もうお一人、伊藤公雄氏の「問われているのは、今や女性ではなく、男性」という文章も興味深く読みました。いずれもネットで読むことができます。

www.tokyo-np.co.jp

伊藤氏によれば、1970年当時、OECD諸国における女性の就業率は、フィンランドが第1位、そしてなんと日本が第2位だったということです。しかも家父長制の撤廃、経済的理由による中絶の合法化など、当時の日本は欧米に先駆けてフェミニズムが進んでいたと。ところがその後欧米諸国が相次いで女性の権利擁護に関する施策を推し進め、男女共同参画と労働時間短縮をレベルアップさせ続けてきたのに対し、日本はその動きから取り残されて今に至るというわけです。

こうした動きに日本が取り残された原因として伊藤氏は、高度経済成長期に「男性=長時間労働:女性=家事・育児・非正規労働」という仕組みが確立し、それがプラスに作用したためその成功体験から抜け出せなかったから、と説明します。なんと、これでは「失われた30年」どころか「失われた50年」ではありませんか。

それで内閣府男女共同参画局にある、「OECD諸国の女性(15~64歳)の就業率」の直近のグラフを見てみたのですが、あれ? こんな感じ。フィンランドは12位で日本は16位、しかもその差は1%程度です(フィンランド:68.5%、日本:67.4%)。これだけ見ると、ほとんど差はないですし、下位にあるトルコやギリシャといった国々に比べれば日本はずいぶん健闘しているようにも見えます。失われた50年なんて大袈裟ではないかと言われそうです。

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http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r01/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-02.html

ところが同じ内閣府の「就業者及び管理的職業従事者に占める女性の割合」を見れば、諸外国との差は歴然としています。韓国だけが日本とそっくりの状況で、ともに男性主導社会が根強く残っていることが分かります。このグラフにフィンランドは入っていませんが、あちらは昨年史上最年少かつ歴代3人目の女性首相サンナ・マリン(Sanna Marin)氏を選出し、閣僚19人のうち12人が女性というお国柄。彼我のあまりの違いにため息が出ます。

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http://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r01/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-02-14.html

伊藤氏は「生産性と効率・利益優先の男性主導社会は行き詰まる」と主張し、「持続可能な社会を目指すなら、男性主導でつくられてきた社会の仕組みをジェンダー平等の方向に転換する以外にない」とおっしゃっています。なるほど、もはや男性・女性という枠組みですらなく、ジェンダー平等と。でも「じいさん」ばかりが跋扈するこの国の政官財界を見ていると、道のりはまだまだはるかに遠いなあと思います。いやいや、倦まず弛まず声を上げ続けて行かなきゃならないですね。