インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

リアルな「秋の夜長」について

いつも楽しみに読んでいる、東京新聞朝刊の塩村耕氏による「江戸を読む」。今日は「朝夕(ちょうせき)」という言葉が取り上げられていました。江戸時代の日本ではこの「朝夕」が朝晩二回の食事の意味で用いられたのだそうです。一日三食が習慣になったのは江戸時代の中期、元禄の頃だったそうですが、それ以前は一日二食が普通だったんですね。

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私も現在ほぼ一日二食に近い形なので興味深かったのですが、それ以上に面白かったのがかつての人々の時間感覚です。昔は不定時法で、日の出と日の入りを基準にして、昼夜をそれぞれ六等分したものが「一時(いっとき)」でした。つまり夏は昼が長く冬は夜が長かったわけですね。そういえば東京の国立科学博物館でこの不定時法に対応した和時計を見たことがあります。文字盤の「時」を示す表示が手動で調整できるようになっている「割駒式文字盤」が使われているものです(その後自動で調整できるものも登場したようですが)。

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http://db.kahaku.go.jp/exh/mediaDetail?cls=col_z1_01&pkey=1753435&lCls=med_z1_01&lPkey=198056

この時代の時間感覚(間隔)に従えば、「時」を表す文字盤が等間隔で並ぶ(つまり現在の時計と同じ)のは夏と冬が交互に入れ替わる春分秋分だけで、夏は昼間の「時」の間隔が広くなり、逆に冬は夜間の「時」の間隔が広くなります。そして塩村氏によれば「殊に秋の彼岸を過ぎると、夜と昼の長さが逆転し、急に夜の時間進行が遅くなったように感じられる。その感覚を秋の夜長という」とのこと。なるほど、私たちはなんとなく「日が伸びたねえ」とか「夜が長くなったねえ」などと時候の挨拶的な会話を交わしますが、昔の人々はそれをもっとリアルに感じていた・感じられたんですね。

そういえば、むかし九州の熊本で農業の真似事をしていた頃は、日の出とともに目覚めてその日の作業をはじめ、日の入りとともに仕事を終えて焼酎など飲んでいました。畑には照明もないから、日が暮れると自然に作業終了となっちゃう。塩村氏も「くやしいことに時計に支配される現代人には真似るのが難しい」と書かれていますが、たしかに等間隔で「時」を割った世界に生きている私たちにはすでにリアルに感じ取ることが難しい世界があるのです。

不定時法と割駒式文字盤については、こちらのサイトの解説がとても面白くわかりやすいものでした。リンクを張っておきます。

www.543life.com