インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「お疲れ様」をめぐって

先日、Twitterたまたまこんなツイートを目にしました。ファッションモデル・歌手・女優(Wikipediaより)の山田優氏がインスタグラムに書き込んだ「天皇皇后両陛下お疲れ様でした」という言葉が失礼だとして「炎上中」というのです。

私、中国語圏の芸能界には詳しい(というかお仕事の関係で詳しくなった)のですが、日本の芸能界にはとんと疎いので、山田優氏を存じ上げませんでした。が、こちらは私もテレビで存じ上げている小栗旬氏のお連れ合いとのことで、おおそうなんだ……って、あれ、何の話でしたっけ。そうそう、「お疲れ様」を目上の人に対して使うのが失礼という話でした。

世上よく「ご苦労様」を目上の人に使うのは失礼で、「お疲れ様」はオーケーなどといわれます。私もかつて会社などでそう教わってきた世代なので、まあそれが習慣になっていますけど、現代では「お疲れ様」も目上の人に使えなくなりつつあるのか……ととても興味深いものがありました。

上記のツイートをされた方も「じゃなんて言えばいいんだ」という声を紹介されていますが、確かに目上の人に使える他の言い方を思いつきません。個人的には「ご苦労様」だって要は言い方の問題(声のトーンとか、言う際の表情とか)で、目上の人に使ったって別にいいんじゃないかと思いますが、こういう身についた習慣や周囲の空気というのはかなり力を持っていて、どうしても自己抑制がかかってしまいます。

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https://www.irasutoya.com/2016/10/blog-post_978.html

ちなみに中国語で「ご苦労様」とか「お疲れ様」にあたるのは、まあ“辛苦了(xīnkǔle)”ってことで日本の方はよく使われるんですけど、これは文字通り本当に身も心も辛くて……という感じなので「普段使い」にはあまり向かないような気がします。これも「じゃなんて言えばいいんだ」ということになりますが、母語話者を観察していると、退勤時だったら軽く疑問調子で“下班了(帰るの?)”とか、授業を終えた先生だったら“下課了(授業、おしまい?)”とか、そんな感じですかね。または単に“再見!”とか“拜拜!”とか。

これは別に中国語にねぎらいの言葉が少ないというわけではなく、「ご苦労様」とか「お疲れ様」のようにオールマイティな「ねぎらいワード」でこと足れりとせず、もっと具体的な状況を言ったり、おしゃべりのやりとりをしたり、あるいは「まあ茶でも飲め」とか「お菓子食え」とか、そういった「実質」で相手をねぎらっているような、そういう文化だからのような気がします。

そういう意味じゃ山田優氏も「天皇皇后両陛下お疲れ様でした。ありがとうございました」でこと足れりとせず、例えば「この三十年間、現代における象徴天皇のあり方を模索してこられ、今回の生前退位についても当初は困難も予想されたなかで抵抗勢力を説き伏せるのはさぞかし大変だったと思います。また先の大戦における犠牲者の追悼も国内外にわたって継続されてきた姿勢に感銘を受けました」などと具体的かつ実質的にねぎらえばよかったのかもしれませんね、はい。