インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

患者様

  健保組合の紹介状を持って、都内某大学病院に行ってきました。
  こういう大きな病院に行くのは、台湾にいたころお客さんの付き添いで行った時以来です。
  初診受付の対応が、言葉づかいも含めてえらく丁寧なのにびっくりしました。名前を呼ぶ時は「○○様」ですし、あちこちに貼ってある案内にも「患者様」ということばが使われています。
  病院とてサービス業、患者を顧客として扱う姿勢がとても「いまふう」なんですけど、私は何となく違和感を覚えました。
  ネットで試みに「患者様」を検索してみると、思想家の内田樹氏が、こんなことを書かれています。

何年か前から病院では「患者様」という呼称が厚労省の行政指導で導入された。
そのあとどういうことが起きたか。
ある大学病院の看護部長からうかがった話である。
「患者様」という呼称が義務づけられてから、
(1) ナースに対する暴言が激増した。
(2) 無断外出、院内での飲酒など患者たちの院内規則違反が激増した。
(3) 入院費を払わない患者が激増した。
そのようにして「医療崩壊」に拍車がかかった。
これは事実だろうと思う。
人間というのはまことに愚かな生き物だからである。
「様」と呼ばれると、とたんに増長して、自分が偉くなったような気になり、言わなくてもいいことを言い、しなくてもいいことをしたあげくに、自分で自分の首を絞めるのである。
http://blog.tatsuru.com/2008/08/07_1131.php

  厚労省の指導だったんですね。
  閑話休題。
  健保組合の紹介状を見せたら、「はいはい、これね」という手慣れた対応で精密検査の段取りに。
  まず、いま考えられる症状はどんなもので、行うべき検査の選択肢がこれこれこうあって、それぞれのメリット・デメリットが示された上で、「ご自分の判断で選んでください」と説明されました。A4大の白い紙に絵を描きながら説明してくれて、その紙のコピーまでくれます。そのうえで、検査への同意書にサインを求められました。インフォームド・コンセントが徹底しています。
  夏前から続いている腰痛については、腰をかがめた時に痛みを感じるのであれば、「整形外科的な腰痛でしょう」とのことでした。癌などの病変による腰痛の場合はどんな姿勢でも痛みが持続することが多く、また体重の急減など身体上の目立った変化も大きいのだそうです。
  で、大腸の内視鏡検査をすることになりました。つまり、あれをあそこからああするわけですね。逆胃カメラとでもいいましょうか。
  ここまで、カルテはすべて机上のパソコンを使い、メニューを選ぶ形で記入されていました。精密検査の予約や血液検査の指示、会計係への支払い金額の通知……すべてマウスでクリックです。台湾の病院ではすでにこういう形が普及していて、私は「進んでいるなあ」と感嘆していたのですが、日本でもとっくにこうなっていたんですね。
  逆胃カメラ、というか「下部消化管内視鏡検査」はずいぶん人気(?)があるようで、二週間ほど待つことになりました。十月のあたまに実施です。

追記

  「患者様」で思い出しました。
  むかしむかし、とある公害病患者の支援運動に五年間ほど関わっていたことがあります。運動の内容や是非はさておき、そこで私が違和感を覚えたのは「患者さん」という呼び方でした。
  もちろん、想像を絶する病気の苦しみを経験し、地域社会からのすさまじい差別にあえいでいた公害病患者に対して、同情や連帯や共感や、その他さまざまな感情をひっくるめて、「患者さん」という呼称が選ばれたことに、一見それほど異論を差し挟む余地があるとは思えません。
  ですが私は、「患者さん」と呼ぶことに抵抗を感じていました。
  まあ、「患者さん」と呼んでしまった瞬間に、相手は自分よりも一段上の存在となり、当事者は絶対的に善という前提を作り、それ以後のいかなる批判的な物言いはおろか、思考さえも制限されてしまうような気がする……というような利いたふうな口をきくのは恥ずかしいので本音を言うと、単純に「患者さん」のなかにはとっても素晴らしい人もいたけれど、とっても「しょ〜もない」人もいたからなんですよね。
  公害による被害を訴えながら受動喫煙にはとんと無理解だとか、公害病患者以外の身障者にはひどく差別的であるとか、「海を汚すな」と叫ぶいっぽうでぼんぼんゴミを捨てるとか……。よくあるっちゃ〜よくある娑婆の光景です。
  いやなに、公害病患者だけにそのような人間性のコントラストが生まれるわけじゃありません。世間一般、どんな社会でもコミュニティでも会社組織でも学校でも、(あくまで自分の価値観に照らしてですけど)いい人もいれば悪い人もいる。ごくごく当たり前のことです。
  「患者さん」は、そういう単純な事実にさえ目をふさいじゃう呼び方じゃないか、個々人を呼ぶ時は固有名詞で「○○さん」と呼べばいいけど患者一般を指す時は「患者」でいいじゃないか、若造の私はそう漠然と考えていたんですね。