インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ぼくを葬る

  もし今、余命三ヶ月と宣告されたら、それからの日々をどう生きるか。とても興味深いテーマ。
http://www.bokuoku.jp/
【ネタバレがあります】

  主人公のロマンは家族にも恋人にも余命のことは告げず、小さなデジカメでこっそり写真を撮ることで無言のさよならを告げていく。これが通奏低音で、そこに子供の頃の思い出や、唯一真実を打ち明ける祖母(ジャンヌ・モローが演じている)とのエピソードや、子供を作れない夫を持つ見知らぬ女性との絡みなどが折り重なり、静かで淡々とした物語になっている。
  自分の死と静かに向き合うことを語る映画だから、主人公が淡々としているのはいいのだけれど、あまりにも淡々としすぎてやしないかと思ってしまった。別に内面の葛藤やら、残酷な運命への怨嗟やら、そういう人間臭さを描いてほしいとは思わない。それは陳腐だし不謹慎でさえあるかもしれないから。
  でも主人公の演技がやけに超然としていて、残された時間が貴重で愛おしいという感覚があまり伝わってこなかった。フォトグラファーの主人公が、映画の冒頭でモデルに対し少々傲慢な態度で接する俗っぽさを見せているだけに余計に。
  映画館の窓口で「ぼくをほうむる」と言おうとして、はっと言葉を飲み込んだ。「ぼくをおくる」と読むらしい。誰ですか、この邦題をつけたのは。★★★☆☆。