インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

母語ではなくても推したり敲いたりできるか

台風が関東地方を直撃した昨日は、朝から都内某所でお仕事でした。私は千葉県の奥地に住んでいて、常磐線が停まってしまったら代替輸送機関を探すのはほぼ不可能な場所なので、万一を考えてお仕事の現場近くに前泊しちゃいました。格安のビジネスホテルですけど、もちろん自前だから辛いところです。

昨日のパートナーは中国語ネイティブの女性でした。通訳のお仕事はこうして二人や三人でチームを組んで行うこともあります。色々な方がいるので毎回緊張して現場に向かいますが、昨日の方は大先輩ですけどとても気さくな方で、いろいろとサポートしてくださいました。

交代で通訳しているんだから、通訳していない間は休んでいるかというと、まあ休んではいるんですけど、そばで数字や固有名詞をメモしてサポートしたり、不測の事態が起こった場合に対応したりと常に「臨戦態勢」ではあります。でも人によっては「我関せず」な方もいたりして、本当に様々な方がいますね。

私はと言えば先輩通訳者の顰みに倣ってなるべくサポートしようとしますけど、人によっては却って煩わしく感じるという方もいて、難しいところです。でもまあ、クライアントに負担を掛けず、仕事を滞りなく終了させることが目的ですから、臨機応変に行くしかありません。

何度も書いていますけど、日本における中国語の通訳業界はちょっと特殊で、中国語ネイティブの方が市場に半数か、ひょっとしたらそれ以上いらっしゃると思います。「思います」というのは根拠になるデータを持っていないからですけど、自分自身が現場でお目にかかる方を見ても、また諸先輩方から聞いた話からしても、中国語ネイティブの割合は高いと思います。

これが日本における英語の通訳業界だと、様相が全く違います。日本国内で、英日通訳に従事されている英語ネイティブ、もちろんいらっしゃいますけど、半数かそれ以上を占めているということはないと思います。中国語に比べればかなり低い割合でしょう。つまり英語通訳業界では多くの場合、日本語ネイティブの通訳者が業務を行っているわけです。

日本では中国語ネイティブの通訳者が多い。では中国や台湾などで日本語ネイティブの通訳者が半数か、それ以上を占めているかと言ったら、そんなことはありません。やはり大半は中国語ネイティブの通訳者でしょう。もちろん背景には経済的な格差とか歴史的・地理的な要因があって、こうした英語と違う様相を呈しているわけですが、少なくとも日本においては、私たち日本語ネイティブも中国語ネイティブを見習ってもっと語学や通訳訓練に奮起しなければいけませんね*1

通訳訓練といえば、通訳学校などでの中国語通訳クラスは、基本的に中→日は日本語ネイティブ、日→中は中国語ネイティブが担当されています。つまり母語方向への訳出を担当するという形です。でも英語通訳クラスでは、かなりの割合を日本語ネイティブの先生が占めています。英→日も日→英も日本語ネイティブの先生が担当されているんですね。

何度か英語通訳クラスを見学させていただいたことがありますが、日本語ネイティブの先生が生徒の日→英訳について「その表現はよくない」「この表現がよい」とはっきり評価し、判断を示されていたのが印象的でした。母語ではなくても、それだけの判断を自信を持って伝えることができるくらい語学に習熟されているわけで。

私など、例えばインタビューなどの訓練で中日日中双方向の訳出に評価を出すこともありますが、母語ではない方向の訳出についてもそれくらい自信を持って見解を指し示すことができるだろうかと考えると、内心忸怩たるものがあります。

それに以前宮仕えをしていた時に、中国語ネイティブが添削した日本人の中文を、その日本人に「どうも納得できなくて……」と乞われて私が更に添削したことがあるんですが、それを知った件の中国語ネイティブは真っ赤になって怒った……というのがトラウマになってまして。わはは。まあその方にすればまさに「面子をつぶされた」というところでしょうね。みなさん自分の母語に関してはプライドがあるものね。

でもね、でもですよ。やはりこれも毎回書いていることですけど、たとえその言語のネイティブであっても、レベルは様々だと思うんです。だからこそ勉強の結果によっては非ネイティブであっても高いレベルで言葉の推敲や判断ができるかもしれない。あの英語クラスの先生方のように。

ただし中国語クラスは、英語クラスと違って生徒も半数かそれ以上は中国語ネイティブなんですけどね。だから中国語ネイティブの前で日→中の訳出についてコメントするのはとても勇気がいります。必要に応じて蛮勇を振るってますけど、正直やっぱり怖いです。

とまれ、非ネイティブだからといって、怖じ気づいてちゃいけない。ネイティブだからといって、自信過剰はよくない。以て自戒としたいと思います。戒めてばかりでは進歩がないので、さしあたってはそうですね、日本語能力試験の一級を受けてみることにしましょうか。

追記

調べてみると、日本語母語話者が日本語能力試験を受けることはできないようです。そのかわり「日本語検定」というものがあるそうです。こちらに挑戦してみましょう。
http://www.nihongokentei.jp/

*1:あと、男性が圧倒的に少ないです。私のような日本語ネイティブの男性が一番奮起しなければいけません。