インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

語学は筋トレみたいなものだけどホントにやりたいですか?

フランス語の教科書『スピラル』に付録でついている「ポートフォリオ」という小冊子は、フランス語に限らず外語学習者にとって貴重なヒントが満載です。これほど的確な外語学習のアドバイスは見たことがありません。

版元が太っ腹なことにpdfを公開しています。以前リンクを張っていたのが変わっていたので、再録しておきます。
http://www.hachette-japon.jp/image/data/Portfolio.pdf

特にこの「ポートフォリオ」に入っている「フランス語学習のためのアドバイス」と「ストラテジーを明確にするための評価シート」が秀逸です。この二つは常に座右に置き、熟読玩味されたしと、中国語学習者の皆さんにも勧めたことがあるくらいです。

「フランス語学習のためのアドバイス」には、冒頭にこんなことが書いてあります。

外国語を学ぶこと……
……それはスポーツのようなものです。

外語学習のうち、聴いて話すという能力を伸ばしたいのであれば、初期の段階は語学とか勉強とかいうより、むしろ身体トレーニングと考えた方がいいです。私は筋トレと思っています。言葉を聴く・話すというのは畢竟一種の身体能力で、しかもこれまで日本語にしか対応していなかった喉や口腔や唇やその他の身体器官の能力を、他の言葉にも対応できるように、様々な調整と訓練を加える……まんま筋トレなんです。この筋トレをやる前に会話学校に行っても、あまり効果は上がらないと思います。筋肉がつく前にレースに出るようなものだから。

……と思っていて、先日ネットで調べ物をしていたら、偶然こちらのブログの記事に出会いました。

そんな中、自分なりに思うのは、(ネイティブレベルを目指さなければ)語学学習と筋トレはかなり近いな、ということ。どちらも才能はあまり関係ない。適切なトレーニングを一定量サボらず積み重ねれば、誰でもそれに見合った効果がある。


カジケンブログ筋トレにあって、語学学習には無いもの。

同感です。筋トレに近道はありません。どんなにお金持ちであっても、今すぐここで筋肉をつけるのはムリな相談なんです。「三日であなたもマッチョに!」などというジムの広告があれば、誰だって胡散臭いと思うはず。語学だって、少なくとも聴く・話すは身体能力だから、一定量を継続して(できうる限り大量かつ長期に)やらなければ、身につきません。なのに「三日であなたもペラペラに!」みたいな本やメソッドが次々に登場するんですよね。次々に登場するということは、それに飛びつく客層が一定量いるということで。

さまざまな比喩

筋トレとかスポーツということでは、努力して語学をモノにした先達たちの金言・至言が興味深いです。表現は違えど、みなさん同じようなことを言っています。

俳優の渡辺謙氏が英語を学んだときの実感を紹介しているこちらのブログの記事。大先輩の中国語翻訳者のブログです。

謙さんによると、英語でのコミュニケーションが必要な場に長くいると、「あれっ、俺っていつのまにかこんなに英語が分かるようになってる」と気づくことがあるそうだ。逆に、しばらく英語を使わないでいると、あっというまにその英語力が消えてしまい、また分からなくなってしまうのだという。


その状況を謙さんは、「まるで雪みたいなもんですよ」とたとえた。ふと気づくと、ずいぶんと積もっていたり、あるいはいつのまにか溶けて消えていたり。


語学に関して悪戦苦闘している人なら、絶対にうなずける比喩だ。ただし、たとえ少しずつであっても、雪がなが~~~く降り続けると、根雪になったり、土と一体化した地層になったりして、ゆっくり蓄積するんじゃないだろうか、とも思う。


中国語翻訳者の仕事実録語学は雪のようなもの(by 渡辺謙さん)

筋トレも、ちょっとサボるとたちまち筋肉が落ちますし、スポーツもちょっと休むと身体がなまって、元に戻すのが大変ですよね。語学も同じような側面があると思うんです。

あと、これはどなたがおっしゃったのか失念してしまい、ネットで探しても見つからなかったのですが、「語学はエスカレーターを逆向きに上るようなものだ」というのを聞いたことがあります。少しでもサボるとどんどん下がっちゃう。常に学んでないと(上ってないと)いけない。母語はそう簡単に忘れないでしょうけど、外語・第二言語はいとも簡単にその能力が失われるんですよね、それはもう非情なくらいに。

ビジネスマンに個人レッスンで中国語をお教えすることがありますが、上記のことを踏まえて毎回同じようなことを言ってます。「毎日、10分でも5分でも1分でもいいから、中国語の音声を聴き、口に出してください」。1分ならやってもやらなくても同じなんじゃないかと思うでしょうけど、毎日やってるってのが意外に重要なんですよね。毎日、1分すらもやらなかったら、すぐに「やらないモード」に落ち込むから。筋肉が落ちて、雪が溶けて、エスカレーターから放り出されます。

ホントにやりたい? どこまでやりたい?

いつもの話で申し訳ないけど、つくづく、こんなにしんどい・めんどくさいことに「小学校から早期教育だ」「中学校から全部英語で授業だ」と全国民が血道を上げなくていいと思います。趣味で学ぶだけならまだしも、ビジネスに必要なレベルの語学は、それが必要な方だけが学べばいいんです。ただし学ぶからには「必要」なんだから真剣に大量に訓練しなきゃいけませんが。

上記の「カジケンブログ」さんは、ジムのトレーナーみたいな語学教師には一定の需要があるのではないかとおっしゃっています。

語学学習は継続が命。長くて苦しいマラソンを、声かけしながら並走してくれる先輩ランナーのような存在がいたら、それだけでも目標達成は約束されたようなものかも知れません。


いやマンツーマン英会話とか結構あるやん?それじゃだめなの?


私が知らないだけなのかも知れませんが、業界で一番評判が良い学校のマンツーマンレッスンに通ったりした経験から言えば、上記どれも皆無かと。というか、何かしら教科書があって教室に来たらそれを1対1で教えてくれる、という形がほとんど。


完全に逆なんです。


理想論ですが、自分のなりたい目標から逆算してそれに必要なものだけを自分用に完全カスタマイズして学習したい。僧帽筋上腕二頭筋をこれぐらい鍛えたいみたいな、そういうニーズってあるんじゃないかな、と。

これも同感です。というか、今まさにそういうのをある方と一緒にやっています。この方は会社員で、仕事に使うからここまで中国語をマスターしたいというはっきりした目標があって、そのためにどこを鍛えればいいかこちらから提案して、実際に学習、というかトレーニングをしています。もう一年近く続いていますが、けっこう語学の筋肉がついてきたと思います。

そうそう、上記のブログでも言及されていますが、語学を学ぶ際に自分の目標を明確に立てることは大切だと思います。漠然と「ペラペラになりたい」じゃなくて。

目標を立てるということでは、こちらのブログにも大いに共感しました。自分に必要な英語能力はどのレベルなのかをきちんと把握しようということです。

まつひろのガレージライフ日本人に必要な英語のレベル

詳しくは本文にあたっていただくとして、私はこちらの記事を読んでとても気が楽になりました。だって私はここに書かれている「英語なんて基本的に必要ない。たまに観光旅行に行った時に、レストランで食事が頼めれば充分」な人間だから。そういう人は「中3までの英語がキチンと分かればもう『出来過ぎ』なレベル。高校英語は必要ない。高校3年間は中3までの英語をひたすらやり直し、血肉にしたほうがずっと実用的だろう」って。

巷間かまびすしいグローバルだTOEICだ国際人だ……という声に惑わされることなく、自分が本当に必要としているのは何かをもう一度自分によくよくたずねてみたほうがいいと思うんです。先日都心の大型書店に行って中国語の教材を物色したとき、隣の売り場に山とあふれている英語関連本の数々にやや圧倒されながら、改めてそんなことを考えました。