Twitterのタイムラインで見つけたこちらのアカウント、なかなか皮肉が効いていて面白いです。
当アカウントはウナギの絶滅に向けて、販売推進を行ってくださる企業様を応援しております。ウナギを絶滅させるにはこうした企業様がなんら絶滅の心配がないかのように販売していただくことがとても効果的です。
— うなぎ絶滅キャンペーン (@EelExtinguish) 2018年7月9日
絶滅危惧まで追い込んだのです。絶滅まであと一歩がんばりましょう
ウナギについては、今年の初めにこんな報道に接して以来、食べるのを控えています。というか、以前からめったに食べないですけど。高いから。
またこちらの記事にも衝撃を受けました。特に水産庁の、その危機感と責任感の「欠如っぷり」に。
Twitterの「うなぎ絶滅キャンペーン」さんは、こうした現状、特に外食産業各社のSCR(企業の社会的責任)放棄となりふり構わぬ営利追求に対して痛烈な皮肉をかましていますし、それに呼応したTwitterユーザが様々な企業の「ウナギ販促例」をまるで大喜利のように投稿しているのも面白いと思いました。真正面から「ウナギを食べないで!」と訴えるよりもさらに深い “反思*1” を私たちに促す要素があると思うからです。
ところがいささか驚いてしまったのは、このアカウントに対して少数ながら抗議の「マジレス」いや「クソリプ」(いずれも好きな言葉じゃないですけど、カタカナでこう書くのがぴったり)を飛ばしている方が見受けられることです。なるほど、これを皮肉と捉えず、真正面からウナギ絶滅を叫ぶ主張だと思われたのですね。
シャレの分からない方はどの世界にもいますし、それもこれも含めての自由なSNSの言論空間なのですからまあよいのですが、こうした皮肉を批判(悪口ではなく)に変える力量というのか、リテラシーというのか、センスというのか、そういうスキルは今の日本に足りないもののひとつだなあと思います。
私は中国語を学んで、語学そのもの以外に中国語語圏の人々から学んだことがたくさんあります。中国(中華人民共和国)の人々が、苛烈な言論統制やネット検閲などをくぐり抜けて繰り出す数々の手法、そのしたたかさと諦めないしぶとさもそのひとつです。例えば最近もこんな記事に接しました。
うん、今の日本は平和ながらも息苦しいというか、どこか閉塞感が漂っていますが、私たちも諦めちゃいけないですね。
ところで「うなぎ絶滅キャンペーン」さんのツイートを拝見して、もうひとつ考えたのは、こうした高度な皮肉なり諧謔なりを含んだ文章を、機械翻訳システムはどう処理するのだろうという点です。ひとつひとつのツイートをそのまま訳せば、どう翻訳の精度を上げてもお手上げですよね。だって100%「絶滅肯定」の文章で綴りつつ、その裏をほのめかしているのですから。
人間は前後のツイートや様々な背景知識からこれが「この文章はおそらく、こういう隠れた意図があるのだろう」と行間や裏を読んだりできますが(できない人間もいるけど)、機械翻訳システムやAIはどう対処するのでしょう。
私がこれらのツイートを中国語に訳すとしたら、わざと難渋な言い回しや文語的な表現をつかうとか、生真面目に書いておいて最後をくだけた調子にするとか、何か読み手に引っかかりを残そうとすると思います。
機械翻訳システムやAIも、ネット上のありとあらゆる知見を総動員して比較検討して、もちろん当該ツイートの前後も検索して理解して……ということを一瞬でやってのけて、皮肉と認識できるのでしょうか。認識できたとして、それをどう別の言語で表現するでしょうか。「うなぎ絶滅キャンペーン」さんのツイートは、私たち人間が文章を読む際、様々な背景知識や一般常識などを総動員しつつかなり高度な処理を行っているのだということを再認識させてくれます。
ううむ、そう考えるとこちらのアカウントは、機械翻訳システムの開発者に叩きつけられた、強烈な挑戦状のようにも読めます。私? 私はリングサイドかぶりつきで事の成り行きをワクワクしながら見つめたいと思います。あ、それから今後も当分ウナギを食べることはないと思います。
https://www.irasutoya.com/2013/05/blog-post_7617.html
*1:反省・反芻・再考・振り返りなどの含意がある中国語です。