インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

外語や外国とは「健全」につきあいたい

フリーランスライターのふるまいよしこ氏がnoteに寄稿された、翻訳家・天野健太郎氏へのインタビュー、とても興味深く読みました。有料記事ですが、こういう出費は惜しんじゃいけません。

note.mu

天野健太郎氏の翻訳で私が最初に読んだのは、龍應台氏の『台湾海峡一九四九(大江大海1949)』でしたが、原著と読み比べてみて、その自由闊達で読みやすい訳文に驚いた記憶があります。例えば冒頭のこんな部分。

她才二十四歲,燙著短短的、時髦俏皮的鬈髮,穿著好走路的平底鞋,一個肉肉的嬰兒抱在臂彎裡,兩個傳令兵要護送母子到江蘇常州去,美君的丈夫是常駐常州憲兵隊長。


彼女は二十四歳。パーマをかけた短い髪はとてもファッショナブルだった。歩きやすいぺたんこの靴を履いて、腕には丸々と太った赤ん坊を抱いていた。二人の伝令兵がこの親子を江蘇省常州まで送っていく。彼女の夫がそこで憲兵隊隊長を務めているのである。


台湾海峡一九四九

ふるまいよしこ氏のインタビューに登場する天野氏の語り口は、自分が勝手に思い描いていたイメージとはちょっと違って「おれ」とか「〜なんだよね」と、いたってフランクです。有料記事ですからあまり引用するのは差し控えてここだけにしようと思います(ぜひ購入して読んでみてください)が、「自分のことを台湾に関わる日本人の「サードウェーブ」(第3の波)と呼んでいます。といっても、おれ一人なんですけど(笑)」とおっしゃるのも非常に興味深かったです。

今こうやって台湾と日本をつなぐ仕事についてるけれど、やっぱり日本と台湾の関係性とか全然興味ないんですよ。台湾人が何を考えてるかだけが直接知りたいの。特に日本が好きな台湾人とか、正直言って全然興味ないんです。

以前、台湾で“反服貿”の学生を中心とする運動が盛り上がった頃に、日本のネット空間で繰り広げられていた「中国憎し・台湾ラブ」ほんでもって「日本はダメダメ」的な、どこか上ずった主張の多さに違和感を覚えたことがあります。それとはまったくちがって、天野氏のこうしたある意味で「自分本位」な関わり方は、とてもストレートで素直で軽やかで、ちょっと口はばったい言い方になりますけど「健全」だと思います。

qianchong.hatenablog.com

以前、フランス哲学の専門家である内田樹氏が、かつて自分がフランス語の習得を志したのは「六〇年代の知的なイノヴェーションの過半がフランス語話者によってなされているように見えたから」であり「市井のフランス人に特段の興味があったわけではありません(今もありません)」と書かれていました。「台湾人が何を考えてるかだけが直接知りたい」とおっしゃる天野氏とは若干スタンスが違いますが、これも「健全」な関わり方だと感じました。

http://www.rpkansai.com/bulletins/pdf/025/097_104_Tableronde.pdf

もっとも内田氏は、上述の“反服貿”に関しては、かなり高揚した、かつての左翼学生運動のメンタリティを引きずったような現地からのレポートを無批判に支持していたりして、「あららら?」とずっこけちゃったのですが。

え〜、話を戻しまして……。

私も中国や台湾に長く(といってもまだ二十数年ほどですが)関わってきて、仕事でも色々な方とやり取りをする中で、少しずつ少しずつ天野氏や内田氏のような、自分の興味に素直に従い、なおかつ半歩ないしは一歩引いて冷静に対象とおつき合いするような態度を心がけるようになってきました。それは、こと中国や台湾となると、また外語となるとやたらに熱くなったり、建設的なお話がしにくいなと感じたりする方々に「うんざり」した結果でもあります。

ましてや中国や台湾や、その他広い華人社会・漢字文化圏の実相をほとんど知らないのに、ときに差別的であったりときにファナティックであったりする言動を、実社会やネット上で弄する日本の人々とはさらに距離を置きたいと思います。

私がいま日常的に顔をつきあわせている華人留学生のみなさんは、お若いだけあってそうした古くさい「弊」はあまり見られませんが、それでも時折「少々こじらせちゃってるかな〜」的な方がいらっしゃいます。私はそういう方を含めて留学生のみなさんに、せっかく「第三者的」な日本に留学しているのだから、この際いろんな見方を(賛同するにせよ批判するにせよ)試してみましょうよ、というスタンスで、授業を通して向き合いたいと思っています。

余談ですけど、これも天野氏が翻訳されて評判になった(2016年の本屋大賞「翻訳小説部門」で第3位に入っています)呉明益氏の『天橋上的魔術師(歩道橋の魔術師)』ですが、私が読んだ中国語版の帯には、天野氏の訳書の写真が惹句とともに載せられています。こういう形で「逆輸出」されるのも面白いですよね。

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