インタプリタかなくぎ流

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ゲノム編集の世紀

「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれるゲノム編集技術の開発によって、2020年のノーベル化学賞が贈られたジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏。この二人の研究を主軸に、ゲノム編集技術の発展と現状、これからの可能性についてまとめた『ゲノム編集の世紀:「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか』を読みました。


ゲノム編集の世紀:「クリスパー革命」は人類をどこまで変えるのか

筆者のケヴィン・デイヴィス氏は学術誌として最も権威のある『ネイチャー』などの編集に携わったジャーナリストで、これ一冊で直近までの(コロナ禍に突入した頃まで)ゲノム編集界隈の知見はかなり詳細につかめると思います。私自身は最初、「GMO(Genetically Modified Organism:遺伝子組換え作物)」への興味からこの本を手に取りましたが、その範囲を大きく超えて、ワトソンとクリックによるDNAの二重螺旋構造の発見から今日に至るまでの流れを学ぶことになりました。

とはいえ、そこは素人ですから、読みすすめるのは少々苦労しました。もとより650ページを超える大部であることと、これはちょっとネガティブな物言いになりますが翻訳が少々生硬(誤植も何箇所か。でも内容が内容だけに生硬になるのも仕方がないかもしれません)なのとで、かなり時間がかかりました。

それでもこの本を読みながら、自分の思考はやはり科学・化学的なところから人文学・哲学的なところに降りていくような感覚を味わっていました。ゲノム編集に関する話題は、それが莫大な利益を生み出す産業と密接に結びついているために、とかく世知辛い話になりがち(そういう話もこの本には多少盛り込まれています)ですが、ケヴィン・デイヴィス氏の視点はむしろ人間の存在とは何か、生命とは何か、ゲノム編集技術をより良い世界のためにどう活用すべきかに向けられれているという印象を受けました。だからこそ私のような文系の「人文学・哲学的なところに降りていきたがり」にも読めたのだと思います。

いくつか印象深かった点を挙げると、まずヒトゲノムの基本的な解読宣言(2003年)があり、昨年には「完全解読」という報道がありましたが、それでも今後への応用についてはなお未知の部分が残されているという事実です。とくに人間ひとりひとりのゲノムには微細な違いがあって(それが個性を形作っている)、それが例えば生殖を行った場合にどうお互いに影響し合うのかなどは分かっておらず、それをも踏まえて人間のゲノム編集が倫理的にOKとなるまでにはまだまだ道のりが遠いことを知りました。

この点で、2018年に中国の賀建奎氏が「クリスパー」を使ってヒト胚を編集し、世界初の「クリスパーベビー」を誕生させ(てしまっ)た行為が、どれほど杜撰で軽率だったかもよくわかります。この本ではこの事件についてかなり詳細かつ批判的に書かれています。

また身体の障害や病気などを抱えた社会的弱者を生み出さないための「クリスパー」技術の応用についても、この本は思考を促してくれます。クリスパーベビー事件が教えるように、この技術の応用は今後も飛躍的に進んでいくでしょうし、おそらくクリスパーベビー事件以上の深刻な状況が生まれるリスクもはらんでいます。

世界の食糧問題や人口問題を乗り越えるためのGMO技術という点で、私はこの本を読んでかなり自分の考えが変わりました。でもそれがこと自分も含めた人間の身体にまで及ぶとなると、それは例えば優生思想やナチスによるユダヤ人問題の「最終的解決(=ホロコースト)」、あるいは人々の格差の助長にもつながりかねない……と、かなり大きな危惧を抱きます。

この本の終章近くに引用されていた、哲学者マイク・パーカー氏の言葉が印象に残りました。「最良の人生というのは必ずしも、すべてがうまくいく人生ではない。人類の繁栄には強さと弱さという両面が含まれているのだ」。ゲノム編集が遺伝子の「改良」を目指すものである以上、人類の「強さと弱さ」を共存させつつこの技術を発展させていくためには相当の哲学的、あるいは倫理的な思考と教養が必要ではないでしょうか。まだまだ私たちはこの技術の応用について考え抜いていない。その意味でも私はこの本で基本的な知見を得ることができてよかったと思います。