インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

アップデートの必要

私は現在、専門学校や通訳学校でいくつかのクラスを担当しています。その中には通訳・翻訳訓練の一環として「放送通訳」や「字幕翻訳」などの授業も取り入れています。いずれもかつて自分が学んだり仕事にしたりしてきた経験を元に教材や教案を考えているのですが、先日ふと、これではいけないのではないかという疑念が頭をよぎりました。

例えば放送通訳。これは主にテレビニュースで「ボイスオーバー」と呼ばれる、原音を残したまま通訳者がその上に訳文を重ねて読み上げる形式の通訳です。原音のニュースを手に入れたらすぐに翻訳原稿を作り、映像の尺に合わせて校正したのち、放送とともに読み上げます。時差通訳とも呼ばれているものです。

原稿があるなら通訳者ではなくプロのアナウンサーが読み上げればいいような気もしますが、原音でいま何が話されているのかを理解しなければいけない(理解できていないとまったく異なった部分を読み上げる危険がある)ため、通訳者が原音を聞きながらそれに対応する訳文を読み上げる形で通訳します。これは原稿あり同時通訳にかなり近い形式です。

でもこの放送通訳、かつてはNHK BS1ワールドニュースやCNN、BBC、それにCCTV大富などで盛んに行われていましたが、最近はだんだん少なくなってきたと聞いています。業界内の正確なところは私にもわかりませんが、おそらくBSやCSなどのテレビを見る人の割合が減り、そのぶんネット配信サービスに移行している、また動画サイトなどで自動字幕機能が普及してきた……といった状況の変化が背景にあるのではないかと思います。

もちろん放送通訳が完全になくなりはしないだろうけれど、かつての自分が知っていた時代とはかなり様変わりしてきているわけです。だからそれを教える立場の私も、そういう時代の変化を踏まえて教材や教案を変えていかなればならないと思うのです。ことと次第によっては、こういう教材や教案を廃止することも検討しなければならないかもしれません。

字幕翻訳についても、かつての日本の字幕翻訳業界にはかなり明確な字幕についてのルールがあり、この仕事に携わる人はそうしたルールを踏まえて字幕を作る訓練を積み重ねたものです。私もそのひとりでした。でもこんにちでは、やはりこれもネット配信やネット動画など新しいサービスの台頭にともなって、状況が大きく変化しつつあります。

映画館で上映されるような作品はまだ「伝統的」なルールに則っているものが多いものの、これも個人的な体験の範囲ですが必ずしもそうとは言い切れない上映作品が見られるようになりました。となれば、字幕翻訳の授業における教材や教案も見直していくことが求められそうです。総じて「昔とった杵柄」に寄りかかっていてはだめなのだと、新しい状況や知識を学んで自分をアップデートさせていかなければならないのだと痛感させられたのです。


https://www.irasutoya.com/2018/03/20.html

折しも首相秘書官が性的少数者への差別発言で更迭されたというニュースに接したところです。この方は私と同じくらいの世代です。首相秘書官にまで抜擢されるのですから、おそらくそれなりに勉強もできて頭のいい人だったのでしょう。でも学校を出て、それから何十年も自分の知識や教養をアップデートしないできた結果、同性婚が法制化されたら「社会が変わってしまう」とか「国を捨てる人、この国にいたくないと言って反対する人は結構いる」などと放言して、無知蒙昧をさらしてしまう。

www3.nhk.or.jp

選択的夫婦別姓もそうですけど、同性婚を導入した諸外国の例を見ても、その権利を認められた人々が幸せになるだけで、かつ他の人々にも何もマイナスはないことが明らかなのに、頑迷に反対してしまう。こうした(主に与党の)頑迷さのベースに、例えばかの宗教法人の影響など陰謀論的な筋書きを見出したがる人もいますけど、私は単にそうした政官界の人々がただただ勉強不足であり、自らのアップデートを怠ってきたからだと思います。