インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ソーシャルメディア解体新書

いやもう、ソーシャルメディア*1の、ある意味「正体」を見た思いがしました。とくにSNSやネット上のクチコミにもうずいぶん前から抱いていた違和感のようなもの、その原因や正体はここにあったのかと。

副題にもあるようにこの本は、フェイクニュース・ネット炎上・情報の偏りを主軸として、さまざまな調査研究結果を引きつつ、ソーシャルメディア上の主にネガティブな動向や影響について分析したものです。ほとんど大学の教科書ないしは学術論文に近い体裁なのでとっつきやすくはありませんが、とてもわかりやすい構成と文体ですし、研究結果そのものが非常に興味深い。何より筆者である山口真一氏の「人類はこの難題をきっと克服できるし、さらに豊かな情報社会を目指すことができる」という信念が伝わってくる良書だと思います。


ソーシャルメディア解体新書

ここ数年来、ソーシャルメディア、なかんずくTwitterなどのSNSと、そこに深く浸透して我々の時間と金銭を持っていこうとする「アテンション・エコノミー(注意経済)」の問題*2について考え続けてきました。関連書籍も数多く読みましたし、その時々で考えたことをこのブログにも書いてきました。……というよりブログを書くことで考えてきたのでした。

その結果としてまずTwitterは降りてしまい、他のSNSもほぼ利用をやめ、ニュースサイトには足を向けず*3、クチコミは話半分として受け止め、自分から発信するのはこのブログだけに絞りました。そして今回読んだこの「解体全書」でようやく、ソーシャルメディアを冷静かつ客観的に捉えることに多少は自信を持てるようになりました。

本書によって解き明かされるのは、ソーシャルメディアにおける「フェイク」や「炎上」というものが、いや、そこまで極端ではなく通常程度のトレンドとして目につきやすくなっているという程度の情報であっても、それらがいかに「情報の偏り」と「情報発信者の偏り」に満ちているのかという事実です。

例えば、過去の様々な炎上事件(中には自死に至ったものも)におけるTwitter上での分析によれば、実際に炎上を起こしていたのはたった250人、ネットユーザーの実に約0.00025%以下であったといいます。さらに極端な例ではたった15人(0.000015%)によって起こされている炎上もあったのだとか。

炎上が起こると大量の人が攻撃に加わっているように見えるし、炎上対象となっている人・企業からすれば世界中が敵になったかのように感じるだろう。しかしその実、そこに反映されているのは多くの場合250人以下のネガティブな意見だったのである。(193ページ)

これは炎上という極端な例ではありますが、もっと穏やか(?)なトレンドであってもそれらを作り出しているのは極端かつ声高ないわゆる「ノイジー・マイノリティ」と呼ばれる人々であることは徐々に知られつつあります。

qianchong.hatenablog.com

なのに、かつてSNS中毒だった自分の経験でいえば、情報としてはかなり偏っているにもかかわらず、それがあたかも世論であったり社会の動勢であったり今後のトレンドであったりに見えてきてしまうのですよね、ソーシャルメディア上では。これは個々人のリアルな社会を捉える視野を狭め、歪め、ひいては社会全体を危うい方向へ導いてしまう危険をはらんでいると思います。筆者は、こうした状況への対処法として「情報的健康」の大切さを説いています。

情報的健康とはすなわち、多様な情報をバランスよく摂取している状態のことを指す。人は、身体的健康のためにカロリーや栄養素を気にし。適切な食物を食すように努力している。それと同じように、人々自身が判断して、偏った情報ばかりを摂取しないように努力できる環境を整える必要があるというわけだ。(282ページ)

情報をバランスよく摂取する方法のひとつとしては、ソーシャルメディアの台頭後に随分旗色が悪くなったようにみえるマスメディアへの信頼を取り戻すという手段があります。例えばソーシャルメディアにはないマスメディアの特徴として筆者は「情報の一覧性」を上げていますし、また「プロの編集者があふれる情報のニュースバリューを判断して、発信内容を工夫しているため、情報の精度もより高くなる」とも述べています。

マスメディアの報道にだって、もちろんバイアスがかかっている可能性は排除できません。それでも、ソーシャルメディアで極端に(それもごく少数者による)偏った情報へ接してしまうよりは、随分マシだといえるのではないでしょうか。新聞の閲覧時間が長いと、拡散の有無にかかわらずフェイクニュースに気付きやすい傾向が見られるそうです。新聞を読むことがフェイクニュース耐性を高めている可能性があると、この本でも指摘されています。(111ページ) 

qianchong.hatenablog.com

最後に筆者は、ソーシャルメディアに限らず社会のあらゆる場面における議論において「相手を尊重する」ことの必要を訴えています。

尊重して批判するというのは、一見して矛盾しているように見えるかもしれない。しかし、相手の考え方に対し、別の観点から批判を加えるのと、相手の人格そのものを否定するような誹謗中傷をするのとは全く別のことなのである。(292ページ)

まったくもって同感です。悪口と批判は違います。「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」というどなたかの名言はかなり人口に膾炙しているというのに、この当たり前すぎるほど当たり前のリテラシーを我々はまだうまく育めていないのではないか。このリテラシーの涵養については学校教育にもかなり欠けている部分があるのではないか。そんなことを感じました。

*1:ここでいうソーシャルメディアとは、SNSのみならず動画サイトや掲示板、ブログ、クチコミサイトなど多岐にわたる双方向メディアを包括したものを指しています。

*2:この本によれば、経済的動機からフェイクニュースが多く生み出されることも分かっているそうです。SNSアテンション・エコノミーのまさに「本場」。常に注意を喚起され続け、限りなく自分の時間や思考や金銭が奪われていくのに危機感を覚えて、私はSNSから降りたのでした。

*3:自分向けに相当カスタマイズされていることがわかったからです。カスタマイズされているということは偏っているということ。読み物的な記事はともかく、時事を扱ったものや議論がある話題のニュースソースがそれではいけません。