インタプリタかなくぎ流

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FIREを「ねほりんぱほりん」

先日NHKEテレで、『ねほりんぱほりん』という番組をやっていました。私は初めて見たのですが、もうシーズン7に突入した、以前からある番組だそうです。

www.nhk.jp

司会の山里亮太氏とYOU氏がモグラの人形で出演していて、顔出しNGのゲストがこれまた人形の姿で登場し、根掘り葉掘りインタビューをするという「人形劇赤裸々トークショー」ということで、さすがNHKというべきか、かなりお金のかかった人形劇が繰り広げられます。ゲストはブタのキャラクターとして登場するのですが、動きや喋り方が『セサミストリート』に出てくるパペットの雰囲気に似ています。

今回のテーマは「ギリギリFIRE」でした。経済的自立+早期リタイアを意味するFIRE(Financial Independence, Retire Early)、なかでも「リーンFIRE」と呼ばれる、FIREを目指すプロセスとFIRE実現後の生活において、いずれも出費を最小限度に抑えるタイプの暮らし方を実践しているゲストのおふたりが出演していました。

このおふたりはそれぞれ20代と30代で、いずれも会社勤めにとことん嫌気が差して(あるいは馴染めず)早期退職して節約生活を送ることでFIREを実現しているそうです。それぞれの実現方法は若干異なりますが、いずれもある程度の資産を貯め、その上で家賃や食費などの出費を極限まで抑え、そのぶん自分の好きなことをして過ごす(嫌なことをしない)人生を選んだのだそう。

おふたりとも、会社勤めをしていたときは、上司からやりたくもない仕事をさせられ、精神的な自由がなく、そこにとことん耐えられなくなったとおっしゃっていました。逆に現在は、暮らしとしてはカツカツだけれども、誰にも縛られない精神的な自由は何物にも代えがたいと。

私も大学を卒業するときに、とにかく会社組織で働きたくなくて、そのために5年間ほどモラトリアムのような暮らしを送ったので、そのお気持ちはとてもよく分かります。しかもその後、あんなに忌避していた会社勤めになり、しばらくはやりたくもない仕事をしつつ、精神的な自由を渇望しつつ、結局我慢して働き続けていましたから、なおさら。でも当時はFIREなんて言葉もなく、自分にも投資や資産形成に関する知識もなく……結構ブラックな会社も多かった(何度も転職しています)ので、今から考えるとよく精神を病まなかったなあと思います。

ただ、他人の生き方に口を出すのはまったくもって失礼であることはわかっていながらも、個人的な感想としては、おふたりの選択はちょっと「頭でっかち」なんじゃないかなと思いました。

まず、私のような中高年の人間からみれば、20代や30代の方々の目の前に広がる可能性・方向性の数は桁違いに多いです。おふたりは会社勤めがとことん自分に合っていなかったそうですが、世の中すべての会社が自分に合わないとは限りません。世界は自分が想像しているよりもはるかに広く、世の中には自分の知らない仕事が無数に存在しています。

さらに、FIREを実現するにあたっての金銭的な計算上ではこのまま死ぬまで生きていけるとしても、人生はそうした収支だけにおさまるほど単純じゃないと思うのです。そしてさまざまな人間が生きる社会もまた複雑で、人は好むと好まざるとにかかわらずそうした社会とのインタラクションのなかに生き、生かされていくもの。ハイジのおじいさんだって、ときどきデルフリ村まで下りてきて、ヤギのチーズとパンを交換していました。

早期に働くことをやめてミニマルな生活に自分の人生を収斂させてしまうと、生きていくための生活知や世間知みたいなものが醸成されないまま歳をとっていってしまうのではないかと思いました。そして自分では気づかなかった自分の才能や長所を発見できなくなる(それらは往々にして人から、あるいは状況から「見いだされる」ものです)おそれがあるかもしれないと。自分の頭で完璧に収支計算できていたとしても、そこにはおさまらないハプニングが人生にはつきものであり、しかしそのハプニングこそが実は人生を豊かにしてくれるのではないか。

qianchong.hatenablog.com

なかなかうまく言語化できませんが、番組を見て概略そんなことを考えました。ともあれ、20代や30代というだけで、私から見れば羨ましすぎるほど羨ましいポジションにいると思います。ミニマリズムにも通底することですが、あまり理詰めで考えすぎるのも、なにか大きなものを見失っているような気がしてなりません。