インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ひらやすみ4.

真造圭伍氏のマンガ『ひらやすみ』第4巻を読みました。やー、今回もよかった。二十代からアラサーの登場人物たちが、それぞれに思い悩みながらも日々の暮らしを紡いでいく物語。読んでいると、もう何十年も前の自分の二十代三十代が蘇ってくるような気がします。スマホも多用されている、いま現在の話であるのに。この作品を読んでいると「小確幸」という言葉がたびたび思い起こされます。


ひらやすみ(4)

思い返せば自分の二十代三十代も、同じようにこうして日々悩みつつその日その日を生きていました。いまから思い返せばなんであんなことに悩んでいたんだろうとか、なんであの時ああしなかったんだろうと思うこともたくさんありますけど、それらも全部ひっくるめて今の自分につながっているのだと思うと、当時は許せなかったもろものことが不思議にすべて許せてしまうような。ああ生きるしかなかったし、自分の矩を越えて「ああではない」生きかたは選べなかっただろう、たぶん。そう思うのです。

あと、個人的にこのマンガが(現代の物語にもかかわらず)やけにノスタルジーを誘うのは、舞台になっている街にかつて自分も暮らし、主人公ヒロトのいとこ・なっちゃんの通っている大学に自分も通っていたからです。もう三十年、いえ、四十年近く前のことではありますが、マンガに描かれる街や大学のたたずまいはあまり変わっていないように感じられます。校舎の建物もほとんどが当時のままですし、学生が汚れたツナギを着てキャンパス内を行き交っているのとか、油絵の具のついた筆を石鹸をつけて手のひらで円を描くように洗っているのとか、とてもリアリティがあって懐かしいです。

もっとも私は、そうした雰囲気にノスタルジーは感じるものの、じゃああの時代にもう一度戻ってみたいかといったら、実はまったくそんな気が起きません。大切な自分の思い出ではあるけれど、大学のクラスには溶け込めなかったし、どこもかしこもタバコ臭かったし、まったくもってひどい時代でした。もちろんそれは自分の精神のありようがそうさせていたんですけど。

決して戻ることはできないし、戻りたいとも思わないけれど、なぜか懐かしさで気分がほっこりとしてしまう。そして登場人物たちを応援したくなってしまう。そんな不思議な魅力をたたえた作品なのです。マンガは基本的に電子書籍で買う私ですが(でないと書棚がすぐにいっぱいになっちゃうから)、この作品だけはこれからも単行本を買い続けるつもりです。