インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「ロシア帝国300周年」と「中国夢」

かつてエストニアのタリンを訪れたとき、郊外にある墓地を見に行きました。そこに「タリン解放者の記念碑」という、旧ソ連時代に作られた銅像があるからです。私はこの銅像のことを、とあるサイバーセキュリティに関する講演会の映像で知りました。

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もともとはタリン中心部の広場に設置されていたというこの銅像、独立したエストニアにおける多くの人々からすればソ連時代の占領の象徴ということで、2007年に郊外の墓地への移転が行われました。

当時これにロシア側が激しく反発し、エストニア在住のロシア系住民ら1000人以上が警察と衝突する事件に発展、死傷者も出すに至りました。またロシアによるものと思われる大規模なサイバー攻撃が行われ、ヨーロッパでもトップクラスのIT先進国であるエストニアに深刻なダメージを与えました。

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エストニアNATO加盟国だった(2004年加盟)ので、このときもNATOとしての対ロシア対策が協議されたようですが、結局は「集団的自衛権の行使を見送った」のだそうです。今回のウクライナ侵攻でも、NATOへの加盟問題が背景のひとつとして挙げられていますが、冷戦終了後のNATOのロシアに対するスタンスのぶれ、ないしは曖昧さがずっと以前から尾を引いて今回の事態に至っているのかなと思いました。

一方で、これまでNATO非加盟で中立を保っていたスウェーデンフィンランドでは、低調だった国民のNATO加盟論が急激に高まっているよし。ロシアにとっては誤算とも見えますけど、いずれにしても歴史が大きく転換している印象を受けます。

そんな中で昨日、山形浩生氏のブログ「経済のトリセツ」に上がっていたこの記事を非常に興味深く読みました。

cruel.hatenablog.com

ロシアのプーチン氏による今回のウクライナ侵攻、そのベースにある「ロシア帝国復活」という「悲願」について、そのストーリーを支えるイデオローグとして気炎をあげるウラジーミル・メジンスキーという人物、さらにはその人の『ロシア帝国300周年記念に寄せて』という文章の全訳が載せられています。

この方、現在ウクライナとの間で行われている停戦交渉の交渉団長なんだそうです。山形氏は「そんな人物を交渉団に派遣するということは、この『交渉』にロシアがまったく本気でないことを如実に示している」とおっしゃっています。なるほど。

この「なお、全部読んでも、あまりの歴史修正主義に頭がクラクラする以外は何のメリットもありません」という文章も読みましたが、読みながら私には習近平氏の“中国夢”が何度もオーバーラップしました。

山形氏はさらにこうもおっしゃいます。

国内的には10年以上前から、こうしたプロパガンダをきちんと整え、組織を作って予算をつけ、ベースを作り、人心を操作して今回のような侵攻が受け容れられる準備を整えてきた。
そして、いまこの侵攻が起こったのも、単なる日和見的な判断ではなかったかもしれない。このメジンスキーの文章が示す、ロシア帝国300周年、ソ連100周年という歴史の節目は、意外とその判断の中ででかかったのかもしれない。

私、この「○○周年」というのに昔からぜんぜん興味がないんですけど(うちの職場でも創立100周年事業みたいなのが進行しています)、それはそんな切りのいい区切りなんて現実のありようとはぜんぜん関係ないじゃないか、と思うからです。むしろ○○周年を契機に何か成果をと考える方が危うい。

中国共産党は去年創立100周年を迎えましたが、香港でのあのなりふり構わぬ強権弾圧はそういう「勢い」でもあったのかも、と思うと、ますます暗澹たる気持ちになります。

次の節目は中華人民共和国建国80周年の2029年ですか。今年は習氏も異例の三期目に突入することが既定路線化していますし、その間にも「国内的にはプロパガンダをきちんと整え、組織を作って予算をつけ、ベースを作り、人心を操作して……準備を整え」るのでしょうか。中国にとってのウクライナ的存在であるあの“核心利益”に向けて。