インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「もう始まってしまったんだから」の気持ち悪さ

週末から腰痛がまたぶり返してきたので、治療院を兼ねているジムに行ってパーソナルトレーニングを受けてきました。朝一番の人が少ない時間を狙って、一応の感染対策も考えつつ。

トレーナーさんはみなさんスポーツに何らかの形で関わってらっしゃる方々ですから、トレーニングのインターバルなどに当然のように「五輪、見てます?」みたいな話題を振られます。私が「あ、全然見てないです。開会式も見ませんでした」と返すと、ちょっと話の接穂がなくてかわいそう。でも、仕方ないんです。本当に見ていないし、興味ないですから。

これだけ多数の人々が反対していながら、開催を強行してしまった今回のオリパラ。それでも各種報道やネット上では「いざ始まってしまえば、みんな打って変わって盛り上がるさ」という意見も散見されました。それを予感させるかのように、開会式当日の昼間に、自衛隊ブルーインパルスが東京都心上空でパフォーマンスを行った際も、三密回避はどこへやら、ものすごい数の人が歩道や歩道橋やビルの上などに鈴なりになって、スマホを空に掲げ、歓声をあげていました。私はちょうど所用で新宿南口付近を歩いていたのですが、そこでもみなさん、炎天もものかは、こんな感じで一種異様な雰囲気に包まれていました。

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Twitterでも同じようなことをつぶやいていたら、「オリパラは反対だけど、ブルーインパルスの仕事に拍手を送るのは構わないのではないか」という意見も見かけました。なるほど、オリパラは反対だけど、開会式を挙行するために全力を尽くしたスタッフには敬意を、大会を運営するために毎日奔走しているスタッフには感謝を、という声はたくさん聞こえてきます。でも私は、やはりそういう「もう始まってしまったんだから、ごちゃごちゃ言わずに前向きに考えようよ」という、これまでの経緯を一切無視、ないしは考慮に入れることなく責任の所在をもうやむやにしてしまうあり方に賛同することはとてもできません。

知人、友人の中にも、日頃から今の政権与党に対して批判的なスタンスを取り、今回のオリパラに対しても冷ややかな態度でいた人たちが、いざ始まってしまうと「そうはいっても頑張っているアスリートには声援を送らなきゃ」とか「(ひいきにしている)どこそこの国の選手が健闘しているのは純粋に感動する」といったことをおっしゃる方がかなり多くいて、私としては複雑な気持ちになります。どうしてそこまで無邪気に無原則な態度を取ることができるのかと。

とにもかくにも始まってしまった今回のオリパラ、「地の利」を活かした日本の選手がメダルをたくさん取り(それがどうして嬉しいのか、誇らしいのかも、私にはまったく分かりません)、それにみんな熱狂しつつ、二週間なり四週間なりの会期はあっという間に過ぎ去って、これまでの醜聞や騒動がまるで何もなかったかのように忘れ去られ、また日常の暮らしと仕事に戻っていくのでしょう。三兆円もの巨費(税金を含む)を投じ、コロナ禍の影響で結局経済的にも政治的にも何も得るものがない結果に終わっても、誰一人責任を取ることなく、そこから何も学ぶことなく。そして私たちは今後もまた五輪だの万博だのといったイベントに性懲りもなくコミットしたがる為政者を選び続けるのでしょう。

私は、このオリパラをめぐる多くの人々の軽佻浮薄さが本当に気持ち悪いです。