インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

とにかく体力が要る

毎朝、出勤するときに地下鉄を使っています。職場の最寄り駅は地下の奥深いところにあって、ホームから地上まではおそらく百数十段から二百段くらいの階段があります(数えたことはないけれど)。私はいつもエスカレーターを使わず、その階段を一歩一歩上っています。理由は……足腰が弱るのが怖いからです。そういうことを考える歳になりました。

大手検索サイトには私の年齢が正確に把握されているのでしょう、最近は「膝の軟骨がすり減っていませんか」的なDMがよく届くようになりました。いまから老後に備えていないと大変なことになりますよ……と脅して、もとい、忠告してくださるのです。もちろんそういう広告戦略には乗りませんが、私は私なりに老後に備えようと思っています。

ほぼ毎日ジムで身体を動かすのもそうですし、駅の階段を自分の足で上るのもそうです。喫煙はせず、飲酒もそこそこに抑え(というか、歳を取って酒量が極端に減りましたが)、できるだけ外食はせず自分で作って食べる。そして早寝早起き。絵に描いたような健康的な生活を可能な限り追求していて、傍目には「そんなにストイックな生活で楽しいの?」と揶揄されそうなほどです。

でも五十代に入って、還暦が近くなってきたいま、何より自分に必要なのは「体力」だと悟ったのです。仕事をするにも、勉強するにも、いや一日の生活をごく普通に滞りなく送ることにすら、体力の不足を感じます。極端な話、睡眠だって体力が必要なのです。若い頃は休日に正午まで爆睡なんてことができたのに、いまは早朝に目が覚めてしまい、それ以上寝続けるのがしんどくて起きちゃう。これ以上体力がなくなったら、QOLがだだ下がりになるのは目に見えています。

体力がないと、新しい体験をすることが億劫になります。ちょっとした堅めの本を読むのもしんどいですし、大好きな旅行に出かけても楽しむことができません。ほんの数年前まで、私は自分がそんな状態に陥るとは、つまり自分の体力がどんどん失われていくことを脅威に感じるような状態になるとは、想像もしていませんでした。

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https://www.irasutoya.com/2019/04/blog-post_803.html

個人差はもちろんあるはずですが、やはり五十代というのは大きな下り坂に差し掛かるポイントなのでしょう。私は老婆心ながら周囲の、私より若干お若い世代の方々に「体力、大事ですよ」と身体を動かすことを推奨しています。でもほとんどの方は「そうですねえ……」と苦笑しながらも、まともに取り合ってくれません。そりゃまあそうですよね。まさに数年前の私が、そうやってまともに取り合っていなかったんですから。

作家の立原透耶氏が先日、こんなツイートをされていました。


わかるなあ……。本当にその通りですよ。最後のひとつだけはこの国のセクハラ事情を如実に表していて、ちょっと憤ろしい気持ちになりますけど。