インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

フィンランド語 106 …日文芬訳の練習・その34

母語でも言えないようなことは外語ではもっと言えない」というの、もっともだと思うんですけど、よくよく考えてみると、言語が違うんだから話はそう単純じゃないのではないか、とも思います。私も例えば中国語で“餘音繞梁”とか“拋磚引玉”とかの巧みな表現を「いいなあ」と思いながら使うけれど、じゃあ日本語でそれをどう言うかとなると、あまり深い表現ができません。

今回は作文の練習なので、まあそのあたりは気にせずに書いてみました。とにかく数をこなすことが大切ですから。ちょうど第二不定詞具格を学んだところだったので、参考書に載っていた慣用的な表現をわざと多用してみました。“suorann sanoen(率直に言えば)”とか“toisin sanoen(別の言い方をすれば)”などです。

中国人と話していると、時々「そんな中国語はない」とおっしゃる方がいます。でも率直に言って、それはその方がご存知ないだけかもしれません。実際のところ、外語同様に母語にもレベルというものがあります。そして母語でも言えないような難解なこと、複雑なこと、抽象的なことは、外語ではもっと言えません。別の言い方をすれば、母語のレベルをできる限り高めておくことで、外語の「伸びしろ」ができるのではないかと私は考えています。


Kun juttelen kiinalaisten kanssa, joskus joku olisi sanonut, ettei sanoisi sellaista ilmausta kiinaksi. Mutta olen suoraan sanoen sitä mieltä, että hän ei vain ollut koskaan oppinut sitä. Totta puhuen, äidinkielellä on myös monenlaisia taitotasoja kuten vieraita kieliäkin. Sitten jos emme voi sanoa (me ei voi sanoa) vaikeita, monimutkaisia ja abstrakteja asioita äidinkielellä, ne ovat mahdottomampia vieraissa kielissä. Toisin sanoen, jos nostamme äidinkielen tasoa mahdollisimman korkealle, meissä kasvaa tilaa, jossa voi oppia enemmän vieraita kieliä.


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