インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

你好小朋友 中国の子供達

ネットでたまたま見つけた動画を留学生の通訳訓練に使ってみました。1983年に出版された写真集『你好小朋友 中国の子供達』の写真家・秋山亮二氏の動画です。

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一目見て、いいなあと思いました。子供たちの表情がとてもいい。この写真集は長らく絶版だったようですが、最近復刻版が出たそうです。それですぐに購入しました。リンク先にも写真の一部が紹介されています。

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なんでしょうねえ、かつての中国の子供たちの、その表情を見ていて、あるいは街の風景を見ていて、思わずこみ上げてくるこの感情は。もちろんひとつには、いわゆる「旅行者のノスタルジー」がありますよね。かつて自分も訪れた中国の「古き良き時代」を懐かしみ、変貌著しい現代の中国に幻滅するといった、勝手なノスタルジーです。

私が中国に住んでいたのは1990年代の終わり頃ですから、もちろんこの写真集の時代の中国は知りません。それでも写真を見ていると、当時はまだ確かにこんな空気感があったなと思います。そして今、それがかなり薄まってしまったことについて、あるいは全くなくなってしまったことについて、外野の我々は勝手な感慨を抱くのですが、それは現地の人々にとっては「大きなお世話」でしょう。

それでもこの写真集が今になって復刻されたということは、やはりこれらの写真の中に、なにか失われてしまった大切なものが残っていると多くの人々が感じているからでしょう。復刻版は日本語と中国語で解説などがつき、中国でも販売されて反響を呼んでいるよし。たぶん中国の人々にとっても(私たち以上に)こみ上げてくる何かがあるのだと思います。

もうひとつ、この写真集に出てくる子供たちのたたずまいからは、なにかこう内側に充実した生命感のようなものを感じます。復刻版の巻末に添えられたインタビューで秋山氏は「みんな本当に楽しそうだった。発展するエネルギーっていうのかな、明日は今日よりいいはずだって確信しているエネルギーがあったと思います」と語っています。うんうん、そんな感じ。もちろん実際の子供たちにだっていろいろな感情はあるはずですし、子供がみんな天真爛漫で純粋無垢だとも思いませんけど、少なくともこういう表情をしている子供たちが周囲にいるだけで、何かこちらもエネルギーをもらえるような気がします。

上掲の動画で秋山氏は「当時撮影した子供たちがどんなに立派になっているのか、会ってみたいと思います」とおっしゃっています。そしてその後実際に再訪中して、その願いが叶ったそうで、その再会に取材した動画も見つけました。これもいい雰囲気です。通訳訓練のあとに留学生のみなさんにも見せたのですが、見終わったあとに拍手が起こっていました。

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巻末のインタビューで秋山氏はこうもおっしゃっています。

僕は本当にとてもいい時に中国に行ったなあと思います。だから、また中国に行って子供達を撮りたい、見てみたいという気持ちがある一方で、もしかしたら今行っても撮りたいという気持ちにならないかもしれない、とも思います。(中略)ただ比べるだけではあまり価値がない。

確かに、かつて訪れた場所をずいぶん経ってから再訪してみると、その間に自分の中で膨らませていたノスタルジーが無残に打ち砕かれて興ざめすることがあります。過去は二度と戻ってこないし、私たちは常に前を向いて進んで行かなくちゃならない。でもその時に、過去と今を結ぶ線の間にどんな変化があったのか、どんな別の変化があり得たのかを想像することは、これからの進み方を考える上で大切かもしれません。その意味でもここに収められた写真は貴重だと思います。