インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

Amazonギフト券の「後ろめたさ」

Amazonから、ときどきこんな「ギフト券」が送られてきます。私は街の本屋さんも大いに応援したいと思っている、いや、街から本屋さんが消えてはならん! ……と思っている人間ですが、何軒かハシゴしてお目当ての本が見つからないと、ついついその場でスマホAmazonアプリから購入することも多いです。もちろん、街の本屋さんに行くのは思いもよらなかった本との出会いを求めてでもあるので、お目当ての本が見つからなくてもいいのです。が、やはりAmazonなどネット書店の便利さにはかないません。そのうえ、こんなギフト券まで送られてくるとあっては……。

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ギフト券が送られてくるのは、私が自分のこのブログで「Amazonアソシエイト・プログラム」つまり、アフェリエイト(成果報酬型広告)を利用しているからです。ブログの文章を書くときに書籍の内容などを引用した際、その書籍のAmazonへのリンクを張ります。自分の「アソシエイトID」を忍び込ませたリンクにすることで、リンクを見てその書籍を購入するに至った方がいた場合、私に「紹介料」が支払われるのです。

私はいま「忍び込ませた」と書きました。そう、利用していて言うのも図々しいのですが、私はこのアフェリエイトにどこか後ろめたいものを感じています。なんだかリンクをクリックしてくださった方を欺いているような気がして。もちろん、私のリンクを経由して本を買った方に、通常の購入以上の負担や損害を与えるわけではないですし、Amazonだってそうやって販売促進になるのだから「紹介料」を支払っているのですし、何も問題はないのですが。

Amazonアソシエイトの自分のページで確認すると、私は2006年頃からこのプログラムを利用しはじめて、これまでに合計28000円ほどの「紹介料」を得ています。約15年間で28000円。一年間に1860円あまり。まあ微々たるもので、とても「アフェリエイトで稼いでいる」というレベルではありません。時々送られてくるこのギフト券で、またAmazonの本を買うのも年に数回のお楽しみです。でも、なんだか後ろめたいような気持ちが消えません。なら、やめればいいんですけど。

やはり私は、こういうあぶく銭というか、濡れ手で粟というか、額に汗しないで稼ぐお金に一抹の「やましさ」を感じてしまうんですよね。何をバカなことを言っているのだと呆れられるとは思いますが。だからありがたくギフト券を使わせていただくとともに、それ以上にどこかへ寄付をするとかして、ほんの僅かでも世の中にお金を回すことで気持ちの整理をしています。