インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

今日の業を成し終えて

「遠き山に日は落ちて」という歌があります。ドヴォルザーク交響曲第九番新世界より」第二楽章に出てくる主題に歌詞をつけたもので、作詞者は堀内敬三という人です。ウィリアム・アームズ・フィッシャーという人が作詞した合唱曲「家路」が元になっているようで、引き比べてみると堀内氏の歌詞は半分は訳詞・半分は創作という感じになっています。


Going Home - ANU School of Music Chamber Choir

歌い出しの歌詞が有名なこの歌ですが、私は途中に出てくる「今日の業を成し終えて」というところが一番好きです。フィッシャーの歌詞では“Work all done/care laid by/Never fear no more”となっています。今日やるべきことをやり終えて、いい一日だったと安堵し感謝する気持ちを自ら噛みしめているような感じ。ミレーの『晩鐘』みたいですね。

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https://www.irasutoya.com/2015/01/blog-post_12.html

私は生来とっても「ずぼら」な性格で、今日の業を成し終えるどころか「明日できることは今日やらない」のがモットーみたいな人間でした。それでずいぶん遠回りもしましたし、なかば引きこもっていたこともあったのですが、その日にやろうと決めたことを一つ一つこなしていって、すべて成し終えたあとの気分がかなり爽快であることを知ってから、なるべく自分をそっちへ振り向けるようにしています。

これ、不思議なもので、仕事が忙しいときには特に意識しなくてもできるのですが、今週のようにお盆休みで何日間か続けて家にいるというようなときが一番危ないです。時間がたくさんあるとかえって何も成し終えられなくなっちゃう。読書も、勉強も、趣味も、家事も。というわけで、いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じように朝活のジムに行き、できるだけ前倒しでやるべきことをやろうとしています。春から夏にかけて、リモートワークで在宅勤務になったときも同じように気をつけていました。

ずっと以前にフリーランスで翻訳の仕事をしていたときは、こうした気持ちの持ちようを意識していなかったので、だらだらと夜遅くまで仕事として、かつその日の「業」を成し終えられないことが多くありました。掃除も炊事も後回しになってしまって。こういうのは心身ともにいちばん不健康で、いけませんねえ。

というわけで、一日の終り、というか「あとはもう晩酌だけ」という気分の夕刻に「今日の業を成し終えて」と言えるように日々心がけています。いまのところまだ心がけなきゃ達成できないのが情けないですが。そうそう、成し終えるコツは、最初から「成し終える」べきことをたくさん設定しないことと、心乱される人間関係をすっぱり切っちゃうことです。TwitterのようなSNSをなるべく見ないというのも有効かもしれません。