インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ゴムの伸び切ったような人間になってはいけません

ブログ『脇見運転』の酔漢さんが、かつて恩師に言われたという「丁字型の人間を目指してください」という言葉を紹介されていました。そのこころは「丁の縦棒は専門性を深く掘り下げること、横棒は専門以外の知識を広く浅く身に付けること」だそうで、なるほど、日進月歩のテクノロジーの世界にあっては、自分の専門分野における追求をタコツボ化の罠に陥らせるべきではなく、常に他分野へも関心を持ち続けることで、結果的にそれがのちのち有機的に結びつく(こともある)だろうと。

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酔漢さんは「縦棒の掘り下げがいい加減」だったのでご自身は「丁字型」というより「スパイクシューズ的」だとおっしゃっていますが、私などもともと芸術家を目指していたのに大学に入ってようやく己の才能の無さに気づき、いまは全く関係のない仕事をしているのですから、そもそも縦棒の掘り下げどころか縦棒がなくなっちゃって脇っちょから棒がひょろっと出ているようなものです。スパイクシューズみたいに地を掴むような力強さもないし、専門といえるものもなくて常に二足のわらじを履いているような感じだし、こういうのは何型といえば……コンデンサ型?

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それにしても、こうした恩師のちょっとした一言が人生の中で長く影響を持ち続けるってこと、ありますよね。だからこそ恩師なのかもしれませんが。私の場合は、大学の一般教養(というのがまだあった時代です)科目で、講師の先生がおっしゃっていた「ゴムの伸び切ったような人間になってはいけません」という一言でした。週に一度しか受講しない科目の先生で、恩師と呼べるほどの指導も受けたわけではないのですが、単にこの言葉だけを覚えているのです。まあ、いまこうやって書いてみると、「いくつになっても心の弾力性を保ち続けよ」的な、よくある処世訓の一変奏ではあるのですが。

でもこの言葉がなぜか私には印象的に響きました。その後も仕事の中で折に触れては思い出して「ゴムが伸び切ってはいないだろうか」と自分に問いかけていたんですね。それで何度かの転職をしたときも、何度かの失業をしたときも、そのつど「丁字」でいえば横棒のほうへ自分の関心をむけることで生きのびて来られたような気がします。いま私はかつて目指した「専門」とは似ても似つかない仕事をしていて、古い友人(あんまりいないけど)には驚かれるのですが、それは「ゴムの伸び切ったような人間になってはいけません」というあの先生の言葉があったからかなと思います。