インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

夢を叶えたい学生さんに対して

夢を叶えたいという学生さんを、あろうことか教師が全面否定。作家の立原透耶氏がTwitterリツイートされていた話題ですが、自分も教師という立場にある人間なので、身につまされるような思いで読みました。自戒も込めて。


私も学生さんに将来の進路について相談されることが多いです。もちろん基本的には全面応援ではあるものの、例えば「フリーランスの通訳者になりたい」とか「ゲーム会社に入ってローカライズ翻訳やりたい」とか「アニメ制作の会社に入って、自分の国に日本のアニメを翻訳して紹介したい」という学生さんに、手放しの全面応援だけでよいのかと内心悩むこともあります。だって語学の仕事は、なかんずくこの国での語学の仕事は、その内実に比して評価や報酬が低すぎるから……。

おっと、ついネガティブなことを書いてしまいました。仕事の実体と、それに対する評価や報酬のギャップは、何も語学に関する仕事に限った話ではないかもしれません。それでも「ほぼ単一言語で社会が回る」という、ある意味幸せな状態にあるこの国では、その反作用として「マルチリンガル」や「言語の壁を超えること」に対する創造力が極端に不足しています。好きなことを仕事にするのはとても素晴らしいことですが、そこに伴う苦労や徒労を考えると、安易に勧めるのもどうかと思ってしまう。これもまた正直なところなのです。

それでも、自分の好きなことを追求したい人は、苦労や徒労さえ厭わないものです。私のような年嵩の教師が、自分の人生経験だけで「世の中こんなもん」などと判断した物差しを学生さんに押し付けることだけは絶対にしてはならない。そう思っています。万一夢が叶わなかったとしても(いや、そういうことのほうがほとんどかもしれません)、その過程で感じ、学び、考えたことが、また新たな未来を開いていく。それは、自分が好きなその道を進み続けたという実感と自負があればこそ開けてくる未来だと思います。その芽を教師が摘む権利など、まったくもってありません。

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https://www.irasutoya.com/2015/09/blog-post_38.html

私は若いころ「アーティスト」を目指していました。画家や彫刻家になりたいと思っていたのです。それで美術大学に行きたいという私を、両親は応援してくれました。結局、浪人までして入った美大でおのれの才能の無さを思い知った(でもそれに気づいたのは卒業間近になってから)私は、卒業後当然のように路頭に迷い、その後「アート」とは全く関係ない道に進んでしまいました。でもあとから考えてありがたかったのは、両親が私を応援してくれたという点です。

というのも、教師になってから気づいたのですが、子供が美術やら音楽やら演劇やらを志すと、結構な割合で「断固反対」する親御さんがいるんですよね。「そんなので食えると思っているのか、もっと就職に有利なものを学べ」みたいな。そういえば、私が美大受験の浪人生をしている時、たまたま「お呼ばれ」で行った友人宅で、私が美大受験を目指していることを知った友人の父上が「よく行かせるよなあ、俺には信じられない」と言っていたことを思い出しました。

友人には悪いけど、私はうちの両親のほうが立派だったと思います。私はいま絵画とも彫刻とも全く関係のない仕事をしていますが、それでも仕事のふとした場面で、かつて志し、学んだ「アート」のなにがしかが活かされているのを感じます。それは実利的なものでも、生産的なものでもないかもしれない。もちろん分野がぜんぜん違うので、直接的に活かされているものでもない。それでもかつて学んだことはちゃんと人生の糧になっているんですよね。

「何かを学ぼうと思う→学んだものが仕事になる」という単純な図式では必ずしもないところが「学び」の面白いところだと思います。すぐに結果が出る学びもあれば、何十年もの発酵を経て思わぬ結果が生まれる学びもある。そのあたりの「幅」も込み込みで捉えるスタンスを持っていない教師は、いきおいパターナリスティックに振る舞い、学生の芽を摘む行動に出るのかもしれません。