インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「なるべくラクな道」を選ぼうとする学生さんたち

英語や中国語の動画に、日本語の字幕をつけるという翻訳の授業をやっています。業界標準の字幕翻訳用ソフトを使い(ただしお高いので、出力に制限があるアカデミック版)、ハコ割りからスポッティング、文字数制限、記号の使い方、役割語の処理……にいたるまで、一応プロのお仕事に準じた手順を実習するという授業です。

字幕翻訳業界では、少なくとも中国語のそれについては一部でかなり価格破壊が進んでしまっていて、私も十年ほど続けてきた仕事からは手を引いています。だから学生さんに「将来役に立ちます」とも言いにくく、内心忸怩たる思いがあります。でも当の学生さんたちは昔から動画サイトなどでお気に入りの日本のサブカルに字幕をつけるのが大好きだったなどという人も多く、みなさん実習を楽しんでいるご様子。まあこの授業の本来の目的は、通常の翻訳とは少々異なる字幕翻訳を通して日本語のバリエーションを広げようという点なので、これはこれでいいかなと思います。

この字幕翻訳の課題は数名の小さなグループに分かれて行っています。ところが、グループによっては、英語や中国語の原稿(原映像?)を聴き取る際、例えばそれがYouTubeにある映像であればYouTubeの翻訳機能を、TEDトークみたいなのであればTEDに上がっているトランスクリプトをまるごとコピペして、そこから日本語訳を考えている人たちがいます。要するに「省力化」ということなのでしょうが、私はこういう思考法がとても興味深いなと思っています。

うちの学校は義務教育ではなく、大人のための教育課程なので、私も課題にどう取り組むかについてはとやかく口出しをしません。こうしたほうが自分の勉強になるよ、というアドバイスはしますけど。学生のみなさんは将来、仕事のなかで通訳や翻訳を自分のスキルとして活かしたいと思っている人たちなので、その意味では一から音を聞き取って、それを理解し、さらに翻訳するという訓練を繰り返すことが自分のスキル向上に資すると考えるはず……なのですが、実際には「最小限のリソースで最大限のリターンを得よう」とする人が多いんですよね。

つまり、自分の勉強のためという視点で考えればあまり喜ばしくないはずの「なるべくラクな道」を、さしたる疑問も抱かずに選ぶ人が多いのです。いかにラクに、短時間で、効率よく課題をこなし、単位を、それもできるだけ高い成績とともに取るか……そこにばかり異様にフォーカスしていて、肝心の「学ぶ楽しみ」「自分が成長する楽しみ」をどこかに置き忘れてきているような人が多い。まあ、いつの時代も学生ってのはそんなものだと言ってしまえばそうかもしれないんですけど、「学ぶ楽しみ」をどうやって伝えたらいいのかなあと考えるのです。

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