インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

LNGかLPGか

中国浙江省溫嶺市近郊で発生した、タンクローリー爆発事故のニュースに接しました。最初、ネットの産経新聞ニュースで「LNGを積んだタンクローリーが……」と報じられていたので、これはひどいことになっているだろうなと感じました。以前LNG液化天然ガス)関係の社内通訳者をしていたことがあり、安全講習などでたびたびその特徴やリスクについて聞かされ、通訳していたからです。

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LNG天然ガス、つまりメタンをギュッと圧縮して冷やし、液化したものです。液化するとマイナス162度の極低温となり、体積が約1/600になるので輸送に適しています。その一方で極低温を維持するため、タンクにしてもタンクローリーにしてもいわば魔法瓶のような保温構造が必要になります。タンクローリーに詰める量は限られていても、いったん気化すれば体積が600倍になり、それが引火したら……ものすごい爆発になることは想像に難くありません。過去にはアメリカなどで大規模な爆発事故が何度かあり、そのたびに安全対策が強化されてきたそうです。

ただし、単にLNGが漏洩したとしても、すぐに爆発するわけではありません。ある程度気化して濃度が薄まり、空気(酸素)と混合が起こり、なおかつ着火源が必要です(燃焼の三要素)。メタンの爆発上限界と爆発下限界はそれぞれ15%と5%。つまりLNGが流れ出して気化が始まり、この範囲の濃度になったときに爆発が起こりえるわけです。

メタンは空気より軽いので、気化しながらどんどん上空に拡散して行くのですが、その過程でちょうど爆発範囲の濃度になり、着火したら……かなり広範囲に被害が及びそうです。しかもYouTubeで動画を見ると、爆発前や爆発した後に白く濃い霧のようなものが広がっています。これは極低温のガスが気化するとき周囲の空気を冷やすために発生する「蒸気雲(ベイパークラウド)」だと思われます。

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ところで、上述の産経新聞はその後LNGをLPG(液化石油ガス)と書き改めました(訂正のコメントは出ていないようです)。LPGはプロパンやブタンなどを冷却したもので、それぞれマイナス42度、マイナス0.5度で液化されます。体積は約1/250。LNGよりかなり高い温度ですし、しかも加圧状態で常温でも保存することができます(だからプロパンガスのボンベが家庭や屋台などで広く使われているんですね)。またプロパンやブタンは空気より重いので、漏洩した場合は気化しながら地表面を漂うことになります。これもけっこう危なそう。

www.sankei.com

中国語圏のニュースサイトでも“液化天然氣”(LNG)としているところもあれば“液化石油氣”(LPG)としているところもあって、結局どちらだったのかいまだによくわかりません。今朝の日本の新聞各紙も、ざっと見たところではこの事故の報道は見当たりません。日本政府は「LNGはクリーンで安全なエネルギー」と謳っていますから、仮にこのタンクローリーLNGを運んでいたのだとしたらイメージが悪い……というので報じなかったり、LPGに書き改めたりしているのかな、などという考えが一瞬頭をよぎりましたが、ちょいと私も「陰謀論」の毒に侵されているのかもしれません。