インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『猫を棄てる』の挿絵

村上春樹氏の『猫を棄てる』を読みました。氏の父上について書かれた短編で、そこに添えられた高妍氏の挿絵に強く惹きつけられました。高氏は台湾出身のイラストレーターで、日本にも留学されていたことがあるそうです。

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猫を棄てる 父親について語るとき

どの挿絵にもスタティック(静的)な空気が感じられます。それらは基本的に本文の記述に沿って配置されているのですが、細かく描き込まれた挿絵を丹念に眺めていくと、とても重層的な味わいができる。そしていつまでも見飽きない絵の数々だなあと思いました。

例えば表紙の装画にもなっている、どこかの干潟と思しき海岸に隣接した砂浜の上で、段ボール箱に入って本を読む少年の絵。この作品では主に「僕」、つまり少年時代の村上春樹氏の状況に寄り添うように挿絵が描かれているので、これもまずはそのように受け止めることができます。この本では村上氏とご両親以外に、例えば学校で親しかった友人などの話などがほとんど出てこず、孤独で静謐な雰囲気が漂います。誰もいない砂浜で一人本を読む少年のイメージがそこに重なりますが、段ボール箱に入った姿はそこで語られる「猫を棄てる」エピソードと重なりますし、また父上が幼少時に「どこかのお寺に見習いの小僧として預け」られたという話とも重なるように思えました。少年は村上氏であり、また村上氏の父上でもあるかのような。

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また生前ほとんど語られなかったという父上の中国大陸での従軍経験を綴るパートでは、これもひとけのない広大な干潟とそこに流れ込む川のそばで、少年が小さな本か手帳のようなものを読んでいる姿が描かれています。薄曇りの空には光を弱めた太陽が輝いていて、そのまわりを無数の海鳥が舞っている。私はこの絵に少々不穏で不気味なものを感じたのですが、それは本文で語られる過去の残虐な行為が思い起こされる(でもそれは重い事実として押し重なってくるだけで詳細な光景としては見えない)からかもしれません。

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この本には他にも本文と付かず離れずの距離感で寄り添う絵がいくつも挿入されています。そのどこか漂白されたようなモノクロームに近い色彩で細かく描き込まれた作風に、フィンランドの森を丹念に描く画家・佐藤裕一郎氏の作品と通じるものを感じました。

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www.yuichirosato.net
https://www.tuad.ac.jp/gg/interview/22/