インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「一瞬で消えるようなものではなくて」

先日、新型コロナウイルス感染症から回復した俳優のトム・ハンクス氏が、「コロナ」という名前からいじめの被害にあっていたオーストラリアの少年からお見舞いの手紙をもらい、その返答とともに「スミス・コロナ社」製のタイプライターを贈った、というニュースがありました。

www.bbc.com

上掲のBBCのみならず、見渡した限りの報道では「トム・ハンクス氏からスミス・コロナ社のタイプライターが贈られた」とだけ報道していましたが、ここはぜひ、その氏が年代物のタイプライターの蒐集家であることと、氏の小説『変わったタイプ』についても紹介してほしかったなあと思いました(あとから検索したら、日刊スポーツが「ハンクスはビンテージタイプライターの収集家として知られ」と書いていました)。

海外の優れた小説やノンフィクションを、これまた優れた翻訳で紹介している新潮社の「クレスト・ブックス」シリーズ。個人的にはジュンパ・ラヒリ氏の『停電の夜に』やT・E・カーハート氏の『パリ左岸のピアノ工房』 など、「生涯の愛読書になる率」が極めて高いシリーズなんですけど、トム・ハンクス氏の『変わったタイプ』も素晴らしい一冊で、この本の中にも「スミス・コロナ」の名前がほんのちょこっとだけ出てきます。

qianchong.hatenablog.com

この小説の創作秘話みたいなものを語っているインタビューもあって、その中でノスタルジックな雰囲気が濃厚な作風についてトム・ハンクス氏がこんなことを言っています。

ノスタルジアと言っても、また過去に戻って暮らしたいというのではなく、現在への不満があるってことだと思う。たぶん、突き詰めて言えば――タイプライターを面白がってる精神もそうなんで――それなりに永続するもの、正統であるものを求めるってことかな。しっかり頑張って残るもの。なくならないもの。一瞬で消えるようなものではなくて――。

これ、朝から晩までインターネットの画面と向き合っている私にはとても心に響く言葉でした。特にSNSなどにうつつを抜かしていると、まさにその「一瞬で消えるようなもの」にどんどん自分の時間をむしり取られていくような気がします。

www.bookbang.jp

最近は在宅勤務が続き、ウェブ会議やオンライン授業の準備など、いつもにも増して生活の中でインターネットを使う割合が増えています。だからこそなのでしょうけど、逆に精神がバランスを取ろうとしてこういう、しっかりと手の中に残ってなくならないものをめぐる内省が深まるのかもしれません。もう一度『変わったタイプ』を読み直してみようと思っています。

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https://www.irasutoya.com/2014/08/blog-post_51.html