インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生の「日本人化」

教師というお仕事を長くやっていると、いろいろな生徒さんのクラスに遭遇いたします。日本人(日本語母語話者)だけのクラス、華人(中国語母語話者)だけのクラス、日本人と華人の混成クラス、はたまたそれ以外の外国籍の方が多数参加しているクラス……。

面白いのは、それぞれのクラスによって、授業中の雰囲気がずいぶん違うという点です。もちろん、年齢や地域によってもずいぶん異なるとは思います。人生の酸いも甘いも噛み分けたご年配の方が多いクラスは、物怖じせず発言する方が多いような気がします。また例えば「ボケ&ツッコミ」に代表されるコミュニケーション能力が異様に高い(褒めてます)大阪人の方々が多いクラスでも活発なのかなあという気はします。あくまで想像ですが。

だからこれは、主に東京近辺でお若い方々を中心としたクラスでお教えすることが多かった私の観察に過ぎないのですが、総じて日本人のクラスはとても静かで、華人のクラスないしは外国籍の方のクラスはとてもにぎやかな印象があります。

もちろん華人を含めた外国籍の生徒さんにもおとなしくて「引っ込み思案」の方はいらっしゃいます。だから突き詰めて考えれば単にひとりひとりの個性ということになっちゃいます。それでも、外国籍の生徒さん、例えば留学生などのクラスを担当すると、積極的に発言する方、さらには不規則に発言する方の比率が高いと感じる。日本人だけのクラスに比べて、明らかにその割合が高いのです。

私は、こうした日本人のクラスと、外国籍の方のクラス、どちらの授業がやりやすいかといえば、これはもう断然後者に軍配が上がります。にぎやかだったり、あまつさえ不規則に発言されたりするクラスが「やりやすい」とはどういうことか。生徒さんが静かだと、静かすぎると、とっても話がしづらいんです。これは授業でもセミナーでも講習会でもレクチャーでも、何かを人前で話すという体験がおありの方にはおおむね同意していただけるのではないでしょうか。

静かすぎる日本人の生徒さんを前に授業をするのは、まるで山奥にあるさびしい湖の畔に立ってひとり小石を投げ込み続けているようなもの。何を話しても、何を問いかけてもほとんど反応がないというのは、ひどく精神を蝕まれるような気がします。反応を引き出せない自分の技術不足というご批判は甘んじて受けますが、あの一種独特の静けさ、というか反応の薄さは何なんだろうなと思います。

でも、わかっています。静かすぎるお若い日本人の生徒さんたちは、本当は色々と反応したいのです。でも「空気を読む」同調圧力がそれをさせない。ま、誰も彼もが自己主張しすぎるのも疲れますし、日本人の奥ゆかしいところ(?)も私は愛する者ですが、少なくとも「しゃべってナンボ」の語学の授業ではもうすこし心を開いてほしいなと思うのです。

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https://www.irasutoya.com/2016/08/blog-post_136.html

ところが面白いのは、来日して間もない留学生のみなさんは「わいわいがやがや」とにぎやかなのに、日本で一年、二年と学んでいるうちに、日本人っぽく空気を読んでおとなしくなって行く人がけっこういることです。とある日本語学校の先生に伺ったお話では、「日本人化」という業界用語があるよし。

もちろん例外もたくさんありますから一般化はできないのですが、留学生がそうやって「日本人化」していくのはなぜなんでしょうね。日本社会で様々な日本人と交流していくうちに「日本人らしさ」を体現していくようになるのでしょうか。

そういえば私は、中国に留学して長く過ごすうちに、ずいぶん中国人的なメンタリティに染まっていったような気がします。もちろん基本はほとんど変わらないけれど、立居振舞いがなんとなく「中国人化」していたようで、日本から遊びに来た知人と久しぶりに会って、驚かれたことを思い出しました。まあそうやって自分が変容していくのも、留学の面白いところではあるんですけど。

qianchong.hatenablog.com