インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

自分の持ち場に対する矜持のようなもの

私の職場は都心のターミナル駅にほど近い街なかにあって、系列の大学や大学院、専門学校などが集まったビル群のようなキャンパスになっています。本館のメインエントランスに守衛さんがいて、すべての部署や研究室の鍵を管理しており、毎朝そこへ行って職員証を提示し、鍵を受け取って仕事場に行くのが日課です。

対応してくださる守衛さんは毎日違うのですが、二週間に一度ほど出会う若い守衛さん(おそらく二十歳代前半)は、私がカウンターに向かって歩いている段階、しかも「○○研究室です」と告げる前から鍵を手にしていて、すぐに手渡してくれます。キャンパス全体で様々な部署や研究室の数はたぶん数百は下らないと思いますし、もちろん私が有名人というわけでもないのに、なぜ?

というわけで、今朝もたまたまこの若い守衛さんだったので、思い切って話しかけてみました。
「部署を言わなくても分かるんですね」
「いつも鍵を取りに来られる方は分かります」
「顔を覚えているんですか?」
「そうです」

なるほど、私はいつも職場近くのジムで早朝から「朝活」ののち出勤するので、うちの研究室の鍵は常に私が受け取っています。とはいえ、そういう部署はこのキャンパス内にはたくさんあるはず。しかもこの守衛さんが鍵の受け渡しを担当されるのは毎日ではなく二週間に一度ほどなのです。人の顔と名前を覚えるのが極端に苦手な私には信じられない技術です。「それはすごいですねえ」と言ったら、「いや、そんな……」と照れてらっしゃいました。う〜ん、カワイイです。

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https://www.irasutoya.com/2017/10/blog-post_35.html

私はこの方のように、自分の職場や持ち場で求められるものは何かと常に考え、人知れず努力なり工夫なりされている方を心から尊敬します。もちろん部署名を聞いてから鍵を探して渡したって守衛さんとしての仕事は十分にまっとうしているのですから、人によってはこの若い守衛さんのような仕事の仕方を「オーバースペック」だと言うかもしれません。「働き方(働かせ方)改革」の声かまびすしい昨今にあっては、なおさら。

でも、様々な部署の教職員が入れ代わり立ち代わりやってきては鍵を受け取っていくその「現場」で、少しでもスムーズに効率的に鍵を渡せる方法はないかと考えた結果、できるだけひとりひとりの顔を覚えようとこの守衛さんは考え、それを実行に移したわけです。上司に「やれ」と命令されたわけでもなく、教職員に「遅い」と苦情を言われたわけでも(おそらく)ないのに。

これって、自分の仕事に対する「矜持」なんですよね。誇りを持って仕事をしているというか、仕事に自分なりの楽しみややりがいを見つけているというか。もちろんこういう仕事への姿勢を賛美し続けていくと、私の嫌いな「日本スゴイ」に行き着いちゃう危うさはあるんですけど、どんな職場や持ち場でも、あるいは国や地域を問わず、こうやって自分の仕事に誇りを持ち、前向きに誠実に働いている方はいます。そういう方に出会うと、とても嬉しくなって自分もぜひそうありたい……と思うのです。