インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

大声に頼らないで人を動かす

私は声が大きいです。もともと演劇訓練などをやっていて地声が大きいというのもあるんですけど、そこへアナウンス学校やボイストレーニングなんかに通って「通る声」を訓練した結果、出そうと思えばどでかい会議室や教室じゅうに「ビリビリ」と響き渡るほどの大声を出すことができるようになってしまいました。

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https://www.irasutoya.com/2015/10/blog-post_31.html

教師という仕事は、特にそれが40名も50名もの大人数を相手にしているときなどは、時にこの大声が役に立ちます。何かの指示を出す時、注意を引きつける時、何かの行動をやめさせる時……。同僚の先生方が精一杯声を張り上げて指示をしていても、時にぜんぜん伝わらないことがあるんですけど、声は単にボリュームだけではなくて、「通るか通らないか」も大きな要素なんですよね。

音声は単なる空気の振動なんですけど、何かこう、手に取ることができる物質的な側面があり、その物質(例えばボールみたいなもの)が相手のもとまで届くかどうかは発声の技術によって異なります。極めて非科学的な説明ではあるんですけど、たしかにそういう側面がある。だからアナウンスの訓練などでは声をボールに見立て、そのボールが届いたかどうかについて指導や「ダメ出し」が行われたりします。「ああ、手前でコロコロ転がってしまいましたね」とか「私の頭の上を飛び越えて言っちゃいました」のように。

通る声は、例えば「命令」や「号令」などに威力を発揮します。アナウンス学校の同級生には自衛隊の方や、いわゆるDJポリスみたいな方もいたように記憶していますが、やはり通る声(+時によってボリューム)が必要な持ち場があるからなのでしょう。私もこの「武器」を使って、一瞬のうちに注意をひきつけたり、いつまでもザワザワとおしゃべりをやめない生徒さんたちを黙らせたりしてきたわけです。

……しかし。

私は最近、そんなやり方に強い違和感を覚えるようになりました。ボリュームの大きい通る声を発した瞬間は、みなさん「うっ!」と怯んで静かになるんですけど、またしばらくするとザワザワしだすのです。それでまた同じように声を発したり、時には一喝(恫喝?)したり。でもこれって、一種のハラスメントじゃない? と、自分で自分のありように居心地の悪さを覚えるのです。おいおい、いまさらかよ、という感じではありますが。

qianchong.hatenablog.com

大声を出す→全員シーンとなる、ってのは、その瞬間はなんだか達成感というか成功感があるんですけど、しょせん力で抑えつけているだけですから持続性がありません。それでまた大声を出す……ということを続けていると、結局長時間大声を出しっぱなしになります。いくらアナウンス訓練やボイトレなどで、長時間大きな声を出しても疲れない術を習ったとはいえ、だんだん疲れてきます。特に最近は歳のせいもあって(?)、何コマか連続で授業を持ったあとはぐったりと疲労困憊、しかも喉が痛い、ということが多くなりました。

これは何か根本的に間違っている。「北風と太陽」じゃないですけど、力で行動を変えようとすれば、人はより頑なに行動を変えまいとしてしまうんじゃないか。これでは悪循環ではないか……そんなことを考えながら、行動心理学や行動分析学関係、あるいはID(インストラクショナルデザイン)の入門書をいくつか読む中で、この分野の「古典的名著」らしい『うまくやるための強化の原理』を読みました。1984年にアメリカで出版されたこの本は、1998年に日本語版の初版が発行され、昨年までに8刷を重ねています。

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うまくやるための強化の原理

副題がいいですね。「飼いネコから配偶者まで」。といってもこの本は、意のままに人を動かす自分勝手な「調教」を勧めるものではなく、動物にせよ人間にせよ、何らかの行動にはそれぞれに理由なり目的なりがあり、そこにきちんと着目して対象の行動を変えてもらうにはどうしたらよいかという点が論じられています。行動分析学のイロハである「好子・嫌子(こうし・けんし)」をはじめ、強化やシェイピング、強制によらない行動の制御、やめてほしい行動をやめさせる方法などについて易しく書かれています。

正直、この本に述べられていることを現場でどう活用していけばよいかはまだ分からないのですが、少なくとも大きな通る声だけに頼ることなく、様々な方法を試みてみるべきだと思うようになりました。とりわけ、対象がなぜそのような行動を取るのかに対するもっと細やかな観察が必要だという点を痛感しました。やはり私はこれまであまりにも自分本位で他人に対する想像力に欠けていたなと思ったのです。

この本にはたくさんのヒントが提示されています。そのどれが「当たる」のか、そして自分がどう変わるのか、ちょっと楽しみになってきました。