インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

SNSの「毒」について

Think clearly』で「心に響いた2、3個」のうちふたつめは、SNSについてです。私はかつて中毒と自覚していたくらい(自覚できていたくらいだからまだ重症ではなかったのかもしれませんが)頻繁にSNSを使っていましたが、最近ではほとんどやめてしまいました。LINEは家族との連絡にだけ、FacebookもMessengerでの連絡機能だけ、Instagramは完全に退会し、Twitterもこのブログの投稿とそのリプライへの反応だけ。

Twitterにブログの更新を投稿しているのと、リプライに反応しているところにまだ「未練」を感じさせますが、もう自分からTwitterでつぶやくことはやめようと思っています。それならInstagram同様に完全に退会しちゃえばいいんですけど、Twitterは情報の鮮度が半端ではなくよいので、なかなか手放せません。それでもタイムラインをいったん見てしまうと、もともとは見る気もなかった新奇な情報につきあわされて時間がどんどん消費されてしまう(それだけ面白い、というかキャッチーな情報にあふれているんですね)ので、利用する目的意識を明確にもって使うようになりました。

具体的にはTwitterの検索機能で知りたい情報のキーワードを入れるという使い方だけ、ということなのですが(例えば電車の遅延情報など。鉄道各社の公式サイトよりずいぶん早いです)、そのためにはスマホTwitterのアプリを入れておく必要があります。これが非常によろしくない。スマホTwitterが入っていると、ついつい開いてタイムラインを眺めてしまうんですね。これをもうほとんど無意識のようにやるに至って「これはまずい」と思うようになりました。やっぱり、紛う方なき中毒ですよ、これは。

というわけで、スマホTwitterアプリは削除してしまいました。こうなるとTwitterで自分的には最後まで残っていた情報検索という使い方のメリットもなかば失われてしまったことになります。これはもう、完全にやめてもいいかなと思っています(こうやってグズグズしているところがまた中毒っぽい)。

『Think clearly』の「SNSの評価から離れよう」にはこんなことが書かれています。

「自分の内側にある自分自身の基準が大事か、それとも周りの人の基準が大事か」ということである。(中略)「周りがあなたをどう思うか」は、あなたが思っているよりもずっと、どうでもいいことだ。(中略)周りがあなたを褒めちぎろうが、反対に中傷しようが、そのことがあなたの人生に与える影響は、あなたが思うよりずっと小さい。あなたのプライドや羞恥心が大げさに反応しすぎているだけだ。

そうそう、SNSはフォロワー数やリツイート・リプライの数、「いいね!」や★の数など数値化された形で自分の「承認欲求」を満たす(あるいは損なう)機能が満載です。いったんこの仕組みにとらわれてしまうと、ものすごく心をかき乱されてしまうんですよね。少なくとも私の場合は。それだけ自分がプライドや羞恥心、いや虚栄心の強い人間なのだろうと思います。そうではない方にはSNSがとても有用なのでしょうけど、私のような人間には中毒をもたらす「毒」なんだなと思ったわけです。

SNSのような(自分にとっては)他人の評価や基準ばかり気にするように仕向けられるシステムからは足を洗って、自分の内側にある基準をもっと豊かにしたいと思いました。自分の内側にある基準を豊かにするためには様々な情報に接する必要があって、SNSもそのためのひとつのツールじゃないかと思いますけど、SNSは(特にTwitterは)あまりにも悪意のある強烈な、それも匿名の無責任な意思表示が多すぎます。それらにも心がかき乱されます。それよりは様々な本を静かに読む方ことのほうが自分には、特に心の健康にとっては大切だと思うのです。

SNSの利弊について考えるときに、こんな記事もとても参考になりました。どちらも有料記事ですがとても示唆に富んでいると思います。

cakes.mu

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