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暗号通貨 vs. 国家

坂井豊貴氏の『暗号通貨 vs. 国家』を読みました。ビットコインに代表される暗号通貨(仮想通貨)の仕組み、特にその始まりから今日までの経緯と、ブロックチェーンの原理を分かりやすく解説した本です。とてもエキサイティングな内容なのですが、暗号通貨の仕組みそのものもさることながら、その仕組みから国家や社会のあり方、個々人の仕事の仕方などに光を当てて思考を促してくれる、その部分がよりエキサイティングだと思いました。

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暗号通貨VS.国家 ビットコインは終わらない (SB新書)

例えば中国などで劇的に進みつつあるといわれる「キャッシュレス社会」への移行。現金とは比較にならないほどの利便さをもたらす変化で、私なども「とっととキャッシュレスにしてほしい」と願っているひとりなのですが、筆者はその利便性ははたして「自由と天秤にかけるような価値があるのだろうか」と問いかけます。つまり、お金の使用状況がすべてサービス提供業者に、さらには国家に流れて把握されることは究極の管理社会の到来ではないかと。

「国家が決済サービスと結びつくと、気にくわない者をお金の利用から締め出せてしまう」。中国では実際にそんな社会が現実のものになりつつあります。私は現在、自分の家計収支を「見える化」するために有料の家計簿アプリを使ってすべての収支を集約しているのですが、確かにこれは便利な一方で、もしこれが外部に漏れたら(とくに国にわたったら)プライバシーはないも同然だなと思います。そして筆者によれば「民間企業は、ときに国家よりも制御しにくい。いかに『社会的責任』が叫ばれようとも民間企業は、国家ほど説明責任を負うわけではないからだ」というのです(ぜんぜん説明責任を負おうとしないどこかの国家もありますが)。

暗号通貨は、単なるキャッシュレス化の一つの流れなどではなく、そうした国家や企業に財産やプライバシーを預けまいとする「抵抗運動」なのだと筆者は説明し、ブロックチェーンの解説に入っていきます。このあたり、とても説得力があって一気に読み進めました。このブロックチェーンの説明もなかなか面白いのですが、暗号通貨といえばすぐ投機や金儲けの技術に話がシフトする……ということはなくて(筆者ご自身は投機を否定していませんが)、社会科学的なスタンスからの解説を貫いているところも類書との違いだと思います。

その特徴が最もよく現れているのは最終章で、「電子化はそう進んでいない」「会社は無くならない」「正社員は減っていない」などのキーワードとともに、ネットにあふれる俗論をただしています。特に私は「社畜にならず、やりたいことをやろう」的な安易な誘いに乗ってフリーランスという働き方を選ぶことの是非について、しみじみ自分の過去を反芻しながら読みました。

またコンピュータの普及によって仕事が「ハイスキル」と「ロースキル」に分極化しているという指摘にも大きく頷きました。確かに通訳翻訳業界や語学業界もわずかなハイエンドと「食えない」レベルのローエンドに分極化(二極化)して行きつつあるように思えますし、それは語学を身につけて社会に出て行こうとしている学生さんと日々接している私の、いま最も考えなければならない課題だと思うからです。