インタプリタかなくぎ流

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日々コウジ中

細君に勧められて読んだ二冊。作者である柴本礼氏の夫・コウジさんはくも膜下出血に襲われ、一命は取り留めたものの、様々な機能不全が現れる「高次脳機能障害」を抱えることに。その発症から現在に至るまでの奮闘と家族のありよう、様々な人々とのつながりを描いたコミック作品です。

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日々コウジ中―高次脳機能障害の夫と暮らす日常コミック

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続・日々コウジ中―高次機能障害の夫と暮らす日常コミック

この本の最初に、高次脳機能障害についての解説が載っています。

病気や事故などの原因で脳が損傷され、言語・思考・記憶・行為・学習・注意などに機能障害が起きた状態を高次脳機能障害といいます。原因として多いのが脳卒中ですが、交通事故による外傷性の脳損傷でも多く見られます。

脳卒中とは脳梗塞・脳内出血・くも膜下出血などのこと。簡単に言うと脳の血管が詰まったり破れたりすることです。コウジさんはくも膜下出血を発症しましたが手術は成功。術後の脳血管攣縮期を乗り越えてICU(集中治療室)から出ることはできたものの、いつも眠っていてリハビリに取りかかれず、目が覚めている時も変なことを口走り、典型的な後遺症のひとつである水頭症にかかってもう一度手術。それでも変な発言や行動がなくならず、結局主治医から「高次脳機能障害」と診断されます。

いやこれ、一昨年の末に細君がくも膜下出血で倒れたときとほとんど同じ経過です。細君も最初期のリハビリ期は一日中眠っていることが多く、かなり多くの妄言が見られました。その後遠方への徘徊(一時は東京から栃木県の鹿沼市まで行っていた)などが始まるに至って水頭症と診断され、これまたコウジさんと同じ「シャント手術」(脳室に溜まる水を腹腔に逃す管を埋め込む)を受けました。

ただひとつ違っているのは、細君はその後「高次脳機能障害」にはならなかったこと。くも膜下出血の予後(病気や手術の後、どの程度回復するか見通し)はおよそ三つのパターンに分かれると言われていて、1/3が即死、1/3に重い後遺症が残り、あと1/3がおおむね社会復帰できるというものです。細君はかろうじて最後の1/3に入り、コウジさんは真ん中の重い後遺症が残るパターン、つまり「高次脳機能障害」の状態になってしまったのです。というわけでこの二冊、とても人ごととは思えず、一気に読み通してしまいました。

高次脳機能障害には「千人千様」とも言えるほど人によって様々な状態があるそうです。しかも本人はもちろん、家族など周囲の人間にとっても大変なのは、その障害が別名「見えない障害」とも言われるように一見分かりにくく、社会各層における認識や理解がまだまだ深まっていない点です。行政や企業などでの対応もまだまだ十分ではなく、家族も周囲の無理解や経済的な不安、そして何より最愛の家族がそうした障害を抱えたままでいることなどから「真っ暗闇のトンネルの中」にいるような孤独感に苛まされるのだとのこと。

それでも柴本氏は孤軍奮闘し、ブログや講演などで発信し続ける中で同じ孤独の中にいる仲間とつながり、行政やマスコミなどにも働きかけて行きます。ほのぼのとしたタッチのコミックながら、実に様々な気づきを私たちに与えてくれる内容になっています。細君もまだフルタイムで働けるまでには回復していないのですが、それでも最近は、自分の経験をふまえて脳卒中の患者や家族の会、高次脳機能障害に関するイベントにも積極的に参加し始めました。

『続・日々コウジ中』の中に、印象的なフレーズがありました。

よく言われることだがこの障害はそれまでの夫婦・家族のあり方が試される。

う〜ん、本当にそうだなあ。細君は幸いにも生還し、高次脳機能障害にもなりませんでしたが、水頭症になっていた頃は私もかなりあれこれ心配しました。それでも細君は暴言を吐いたり暴力的になったりすることは全くなく、ただただ「年老いた猫」が家にいるような状態だったので私もそこまで追い詰められませんでしたが。

コウジさんはもともと楽観的で優しい性格だったそうで、この障害を持つようになってからもその一面が以前よりも強く表れているようです。でもその反面、時に攻撃的になったり感情の抑えが効かなくなったりすることも。もちろんご本人にはその「病識」がないのですが、これもまたもともと銀行員でMBAを持っており「一度は社長になりたい」と起業を志したような、コウジさんのアグレッシブな一面の反映かもしれません。

そう、認知症が進みかけていた義父とかつて同居していた頃にも思ったのですが、人はそれまで生きてきたそのありようが大病の予後や老齢期にも深く影響してくるのかもしれません。そう考えると、この本は自分の生き方を問い直すきっかけにもなるのではないかと思えてきます。

少々古いデータですが、2010年における脳卒中の発症率は人口10万人あたり166とのこと。これを多いと見るか少ないと見るかは人によって違うでしょうけど、私は誰でも発症しうる病気だし、またその予防の一環としての生活習慣の改善は(特に中高年となった今となっては)必須だと改めて感じました。

しかも前述のように、高次脳機能障害脳卒中以外にも事故などの外傷によってもたらされる場合もあるのです。私たちの周囲にはきっと多くの人とその家族がこの障害で苦しい環境にいるはず。そう考えると私たちも無知ではすまされないと思わされた二冊でした。

追記

先日はネット上でこのような記事に接しました。こちらは高次脳機能障害とは異なる精神疾患ですが、電車内などで大声を上げたりブツブツひとり言を言ったりしている人への理解を求めたものです。なるほど、私も時々見かけますが、以前は怪訝な視線を送るだけでした。高次脳機能障害にせよ、精神疾患にせよ、きちんと実情やその背景を知ることはとても大切だと思います。

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