インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

頑迷な老人にならないために

若い頃、頑迷な老人が大嫌いでした。今でも苦手です。むかし取った杵柄をいつまでも後生大事に抱え込んでいて、新しい知識のアップデートを怠っていて、時代と激しくずれている方。しかもそういう方が権力を持っていたりするともう目も当てられません。

でも最近、じゃあ自分は、自分の仕事のフィールドである中国や中国語に関してそういう老人になっていないだろうか、あるいはなりつつあるのではないだろうか……と自問するようになりました。中国をはじめとする中国語圏は変化が速く激しいので(逆に日本の変化が遅すぎるとも言えそうですが)、よほど意識して注意をはらったりアンテナを張ったりしていないと、すぐに「頑迷固陋な老人的」な勘違いに陥ってしまいそうです。

といって、そうやっていつもキャッチアップに汲々としているのは疲れますし……世に言う「チャイナ・ウォッチャー」の方々は本当に気が抜けない日々を過ごしてらっしゃるんじゃないかしらとお察し申し上げます。変化が早くてエキサイティングではあるけれど、けっこう目まぐるしいというか、面倒くさいというか、あまり心穏やかではいられない業界ですよね、現代中国に関わる業界って。

言葉の変遷

とにかくまあ、そう意識して、ときに自分の中国や中国語に関する知識を「棚卸し」してみると、昔の経験や常識でずっとリファインしてこなかったものとか、かつての職場だけで通じたニッチな「潛規則(暗黙の了解)」とか、現地に身を置いていないがためにずれてしまっている語感とか、そういうものがたくさんありそう……いや、実際にあって、本当に冷や汗をかきます。

あまり適当な例を思いつかないのですが、例えば中国語の「小姐」の変遷。私が初学者だった頃、この言葉は英語で言えば「Miss./Mrs./Ms.」のように、女性の名前につける一般的な呼称でした。また名前を知らない方に対しての呼びかけにも使えると教わりました。

そののちこの言葉は、女性に対して少々失礼ということで(「ねえちゃん」的な語感とでもいいましょうか)忌避されるようになり、例えばレストランなどではスタッフを「小姐」と呼んでいた時代から「服務員」などになり、さらにそれもちょっと古い語感になって単に「你好」とか「不好意思(すみません)」などと言うようになり、でも地方によっては現在も「小姐」が現役で「普通に使うよ?」だったりして……。

現代はどこの国でもポリティカル・コレクトネスを重視するのが倣いということで、「スチュワーデス」が「フライトアテンダント」などになるのと同様、中国語でももはや「空中小姐」は使いにくい……と、いま私はこのように書いていますが、これだってもしかすると使い古された知識かもしれず、また広い広い中国語圏のいずこでも汎用的だと言い切ることは難しいです。また時と場合によっても違いますしね。

さらに、いま現在の言い方をネイティブ・スピーカーに聞いて確かめようとする際にも、「地域ナショナリズム」みたいなものに注意が必要です。中国語は巨大な言語であるがゆえに、ある地方では現役の言葉であっても、ある地方では時代遅れだったり全く使われなかったりすることもあるからです。ネイティブ・スピーカーといえども、そのくびきからは逃れられません。さっきの「普通に使うよ?」も、留保をつけつつ聞いた方がいい。

qianchong.hatenablog.com

ともあれ、自分の過去の達成や成功体験などからできるだけ距離を置こうと意識しなければ、すぐに「頑迷な老人」のダークサイドに堕ちてしまいそうです。まあ無謬性は追求してもし尽くせるものではないので、少なくとも自分の思い込みや間違いを指摘されたら、それをまずはありがたく素直に受け入れてみるという心構えだけは忘れないでいたいものです。

「センセイ」が一番あぶない

ある程度の年齢になると、本音で厳しいことを言ってもらえる人間関係を作るのが徐々に難しくなるような気がします。別に私は何の肩書きもない人間ですけど、そんな馬齢を重ねた私でもひとつの業界で経歴が積み上がってくると、それなりの立場になったり、周りからそれなりに扱われたりする。非常勤講師をつとめている某通訳学校では、講師をまるで「腫れ物を触る」がごとき扱いで平身低頭されちゃうんですけど、私はアレ、正直に言ってとても苦手です。

だいたい講師業を都合20年程やって来ているというのもホントに危ういんです。最初は「先生」と呼ばれるのさえ違和感があって(いまでも多少あります)「センセイと呼ばれるほどの〇〇でなし」みたいな自虐さえカマしていたのに、だんだんその呼称にも慣れ、権威的になり、「最近の若いもんは」的なセリフを発してたりして………あああ、怖い。

頑迷固陋な老人に陥らないためには、新たに「初心者」となれる環境に身を置くのがいいかもしれません。仕事をリタイアしたその先も、これまで培ってきた知識や技術を活かして……などとセコい考えを起こすのはやめて、講師や師匠やトレーナーから「ぜんぜんダメ」とハッキリ言われるような環境を常に求めるのです。そのためにも体力だけはつけておこうと思います。
f:id:QianChong:20181219125201p:plain
https://www.irasutoya.com/2015/06/blog-post_426.html