インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

お稽古、その後。

征夷大将軍ですよ

昨年から能の稽古を初めて一年ほど。月に二回だけの稽古ですが、とても楽しいです。今のところ唯一と言ってもいい趣味。料理? あ、あれはすでに「主夫」と化している私にとっては日常のルーチンワークですから。

私の仕事が中国関係と知った師匠の計らいで、仕舞はずっと「中国シリーズ」で稽古してきました。『猩々』→『西王母』→『枕童子』→『天鼓』。で、先回から「ここらで全く違う段階に行きましょう」ということで、『田村』のキリに入りました。坂上田村麻呂のお話ですが、確かにこう、基本の立ち方からしてこれまでの仕舞とは全く違います。

でもって荒々しい動き。謡には「鬼神は/黒雲鉄火を降らしつつ/数千騎に身を変じて」とか「味方の軍兵の旗の上に/千手観音の光を放って虚空に飛行し」とか「一度放せば千の矢先/雨霰と降りかかって」とかの詞章が満載。何というスペクタクル、何というイメージの横溢。坂上田村麻呂の背後に千手観音がついて、千本の矢を雨霰のように放つというのです(千手だったら五百本じゃないのとか無粋は言わないの)。『サマーウォーズの』ラブマシーンを想像しますね。

知人によればこれは「修羅能(武人が主人公の能)」のなかでも勝ち戦の武人が主人公の「勝修羅(かちしゅら)」というカテゴリーだそうです。う〜ん、勇ましくもかっこいい。腰痛持ちにできるかしら……。

私の師匠はお若い方ですが、とても聡明で、こちらの興味や習熟度に応じて常に課題を与えてくださいます。私も教師の端くれとして考えさせられることしきり。

稽古と出費

ところで、能の稽古ってお金がかかるんでしょと時々聞かれるんですが、まあ確かにかからなくもないけど、でも世に数多ある「お稽古事」に比べたらそこまでではないかな、とも思います。

私の師匠は若手の能楽師として、能楽の今とこれからに強い危機感を持ってらして、能楽に親しむ素人の裾野を、特に若い世代に広げることが大切と考えているようです。学生さんにも積極的にアプローチしているし、私のような中年にさえ「お金をかけようと思えばいくらでもかけられる世界ですけど、まあそこはそれぞれの状況に応じて」と、過度な出費にならないように気を遣ってくださってます。

それでも、じゃあ若い人なんかも誰もが気軽にできる趣味かというと、正直なかなかそうとも言えません。大学に能楽サークルなんかもありますけどね。月謝は語学学校などと大差ありませんが、年に一度や二度ある発表会に出るとなると、そこそこの出費が必要です。とはいえ私は、能楽堂の舞台に立って、恐れ多くもプロの能楽師地謡をやってくださるんだから当然、というか相応な出費だと思っていますが、流儀によってはかなりお高くなることもあるそうで。

演劇は演者のみでは成立できません。当然ながら観客がいて、しかもそれが一定数いて目が肥えていることがすぐれた演者を生み出していくベースの一つになるという点において、能楽も他の演劇と異なるところはないと思います。神事としての側面も併せ持った能楽ではあると言っても。……とネットを検索していたら、こちらに能楽に親しむ人々の減少と費用についてかなり率直に書かれた文章がありました。

■能界情報おもてうら【謡曲人口と月謝など】
http://homepage2.nifty.com/journal/page005.html

私の場合は、ここに書かれている「平均」からすればかなり少ない出費ですが……。さらに、こちらは能楽の専門書店「檜書店」の社長さん。同様の問題意識を述べられています。

■能を支える人びと「本質を守り、伝えていく仕掛けづくりを」
http://www.the-noh.com/jp/people/sasaeru/005_hinoki.html

2ちゃんねるにも、こんな書き込みがありました。

プロ能楽師が食えなくなる時代も悲しいけど、
趣味としての能楽謡曲に、
富裕層や恵まれた年金生活者しか近づかないという状況もやばいと思う。
昔は上棟式で大工さんが謡ったり、結婚式では親戚のおじさんが謡・仕舞を披露してた。
あの人たちが誰から習ったのものかは分かりませんが、
謡・仕舞がいまより一般的大衆的で、習い事かつ娯楽に近かったような気がします。
若い人々がもっとこの世界に親しみ楽しめば、裾野は必ず広がるんだけどなあ。
ネックはお金ですよ。まず第一に。

うん、私も親戚のおじさんが結婚式で「高砂」なんか謡ってたのを覚えています。こないだ帰省したときに押し入れの奥をさがしたら、祖父が来ていたとおぼしき袴なんかもあったし、青空文庫Kindleでも読める夢野久作の『梅津只円翁伝』など読むと、地方都市にも素人愛好家の豊かな層がかつてはあったことをうかがい知ることができます。知人の能楽師によれば、武家の庇護が突然途絶えて存亡の危機に立たされた明治維新時の能楽が中興を成せたのは、厚い愛好家層があったからこそ、とのこと。

私は入門したての初心者ですが、稽古をするたびに面白いなあ、そして何かこう、「もったいないなあ」と思うんです。そうだ、ぜひみなさま、今度一緒に稽古を見に行きましょう。