インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

インタープリターズ・ハイ

年の瀬も押し迫ってまいりまして、留学生の通訳クラスは定期テストを行いました。この定期テストは、CALL教室で各自が合計一時間あまり延々と通訳し続けます。全体の三分の二ほどは授業で訳出練習をした内容の復習ですが、残り三分の一は「初見」、つまり初めて聞く内容です(「初聴」というべきかしら)。事前に音声を聞くことができる通訳業務というのは基本的にありえないので、本当は全部「初見」でやりたいところですが、そこはそれ、訓練中の留学生なので負荷を少し下げてあります。

負荷を下げているとはいえ、今回はけっこう難しい教材を作りました。海洋ゴミの問題に取り組んでいるNPO法人の代表が公演を行っている映像を使って、逐次通訳を行うのです。最先端の話題で、グラフなどのデータや数値も数多く登場します。


【一席】劉永龍:海洋垃圾為什麼是個問題

毎度のことですが、課題に取り組む際には「もし自分が本当にこの仕事を引き受けたらどんな準備をするか」を各自に考えてもらいます。そのうえで、講演者やNPO法人の情報やプレゼン用パワーポイントの資料を配り、専門用語や業界用語など普段の生活ではまず使わないような語彙をピックアップし、グロッサリーを作って覚え……と、充分な予習をしてから訳出訓練に入ります。今日はCALLで録音をしながら留学生の訳出をモニターしていましたが、みなさんなかなか「サマ」になってきました。通訳者らしい“風格”が出てきたというか。

通訳という作業を延々続けていると、まれに奇妙な高揚感に包まれることがあります。マラソンなどで苦しさをがまんして走り続けると、ある時点から高揚感や恍惚感が生じる、いわゆる「ランナーズ・ハイ」という現象がありますけど、あれになぞらえれば「インタープリターズ・ハイ」とでも呼ぶべきでしょうか。

二つの言語の間で格闘を続けていると、脳内快楽物質が分泌されるのか、ある時点でふとギアが切り替わるというか、「おお、訳せる訳せる!」「このまま永遠に訳し続けられるような気がする!」というような感覚に襲われるのです。

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https://www.irasutoya.com/2015/05/blog-post_306.html

私が初めてこの「ハイ」を味わったのは、たしか台湾での長期派遣時で、日台双方の主張が折り合わず延々14時間にも及んだ技術会議の最中でした。予習がきかないため一番難しくて緊張する「質疑応答」や「Q&A」などの場面でも、意外にうまく処理できてしまったり(というのもクライアントに申し訳ないですが)して「何でも訳してやる。さあ来い!」という心境になり、ひいては「もしかしたら、オレって天才かも」などと謎の全能感に包まれました。

もっともこの「インタープリターズ・ハイ」、私の場合はごくたま〜にしか訪れてくれませんし、訪れてもそれほど長くは続かないのが悲しいところですが。小テストが終わって留学生のみなさんに「インタープリターズ・ハイ」を感じましたかと聞いてみましたが、みなさん一様に「別に〜」というお返事でした。……そうですか。まあなにはともあれ、お疲れさまでした。