インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

Dr.Capital氏が解説するスピッツ

いつも楽しみに視聴している Dr.Capital(ドクター・キャピタル)氏の YouTube動画。久しぶりに更新を確認しに行ったら、なんと私の大好きなスピッツの曲が氏のアレンジで披露されていました。


スピッツ (Spitz) の チェリー (Cherry) - Dr. Capital

この動画でも語られていますが、Dr.Capital氏が初めて日本に留学してきた1996年に発表されたスピッツのシングル曲がこの『チェリー』だったのだそうです。私もその時代時代でスピッツの曲を聞いてきましてたが、1996年当時は中国へ留学したい一心で安アパートに住み、お金をため、公費留学試験のための勉強をしていた時期で感慨深いです。歌詞に出てくる「きっと想像した以上に/騒がしい未来が/僕を待ってる」というのを、そのまま自分の心情に重ねていたのです。

スピッツの楽曲の歌詞は、日本語としてはなんだか煙に巻かれたような奇妙な展開が多いのですが、それだけに聴き手がそれぞれの心情や状況に合わせて自由に想像をふくらませることができる懐の深い詩になっています。それは作り手の作詞意図とは、もしかしたら全く関係ないかもしれない。大きな的外れなのかもしれない。それでもそうしたひとりひとりの「誤読」や「自分勝手な解釈」をも包摂し、旋律とともに深い味わいをもたらしてくれる。それがスピッツの楽曲の、とても大きな魅力だと思うのです。

またこれはとても不思議なのですが、人生の折々にスピッツの楽曲の歌詞がふと心のなかに立ち上がって来ることがあるんですね。例えば『楓』は、細君がくも膜下出血で入院した時自然に脳内でリフレインされていました。歌詞は「さよなら/君の声を抱いて歩いていく/ああ僕のままで/どこまで届くだろう」とか「風が吹いて飛ばされそうな/軽いタマシイで/人と同じような幸せを/信じていたのに」ですから、その時のシチュエーションとしては「縁起でもない」のですが、なぜかやけに励まされる思いがしました。

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J.S.バッハ:ゴールドベルク変奏曲(81年デジタル録音)

Dr.Capital氏の解説は、氏のご専門である音楽理論をベースにわかりやすく面白いものばかりなのですが、今回も驚きました。『チェリー』の歌い出し(Aメロ)が『パッヘルベルのカノン』と全く同じ「カノン進行」になっているというのです。なのに言われるまで全く気づかない理由は、スピッツならではの楽曲作りにある……おっと、これ以上はぜひ動画をごらんいただきたいと思います。

この動画を見た日の夜、偶然NHK Eテレで『らららクラシック』を観たら、バッハの特集でカノンの説明をやっていました。何というシンクロ。しかも『ゴールドベルク変奏曲』における驚異的なカノンの配置、つまり3の倍数にあたる変奏で必ず現れるカノンが、徐々に度数を広げていく……という仕掛けについても説明されていました。

私は「無人島に一曲だけ持っていくとしたら」という問いには、グレン・グールド氏が弾くこの『ゴールドベルク変奏曲』を選びます。あ、そこはスピッツのアルバムじゃないんですね。ごめんなさい。ちなみに細君に聞いてみたら「あたしは『六本木心中』」だそうです。