インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

あまり教師に向いてない

うちの学校で、二年間の専門課程を学んでいる留学生のうち、約半数は華人(チャイニーズ)、つまり中国語が母語の留学生です(一部に広東語が母語の留学生も)。ほとんどの学生は、自分の日本語を仕事で使えるレベルにまで持っていって、将来は日本で働くか、日本と関係のある企業や業界で働くことを目指しています。

中国語に“語言環境”という言葉があって、文字通り自分の周囲の言語環境のことなのですが、華人留学生のみなさんはいま、その“語言環境”がとても良い状態にありますよね。なにせ日本社会に暮らしているのですから、学校内はともかく一歩校外に出れば、そこは日本語の大海原。語学学習者にとっては理想的な環境です。

そこで日々、様々な日本語の大波小波に洗われているうちに、日本語のスキルも右肩上がりで上昇……と行きたいところなのですが、実際にはそう理想通りには運びません。日本人(日本語母語話者)だって、海外に留学などで何年も住んでいるのに、英語を始めとするその土地の言葉はからっきし苦手、という方がままいらっしゃいますよね。

私は主にこうした華人留学生の授業を担当しているのですが、同じ時期に入学してきた「非・中国語圏」の留学生と比べて、日本語の上達ぐあいに明らかな差があるように感じます。もちろん個人差はあるものの、おしなべて華人留学生のほうはなかなか日本語が上達しません。教師の教え方が悪いのだというご批判は甘んじて受けますが、それ以上にうちの学校で、華人のみなさんの日本語が上達しにくいのは、ふだんから中国語で喋り倒しているからです。こんなに“語言環境”のよい日本に暮らしているというのに。

そこで教師はあの手この手で教案を考え、工夫し、「日本語を話しましょう」と呼びかけ、励ましています。私も例えば「要約(サマライズ)」の訓練などで、ペアになってお互いに批評し合うときなど、華人留学生を必ず「非・中国語圏」の留学生と組ませて、お互いの共通言語は日本語しかないという状態を作り出し、否が応でも日本語を話さなければならないような状態に追い込みます。

……だがしかし。

私は時折「自分は何をやっているんだろう」と思ってしまいます。そんなに日本語を話したくないなら好きにさせればいいんじゃないかと。なぜ我々が、彼らに日本語を話させようと躍起にならなければならないのか。もちろんそれが教師の役割ではあるのですが、義務教育でもない学校の課程で、すでに成人に達している留学生に、常に「日本語を話しましょう」と言い続けるのは虚しいです。語学なんて、やりたい人が、やりたいだけ、やればいい。大人の学びは、誰に強制されるものでもなく、まずは自分から取り組んでいくものです。

私が中国に留学していたときは、すでに三十路も半ばになってからの遅すぎる留学で「背水の陣」だったということもあるけれど、とにかく中国語を話したかった。中国語を話すことこそがカッコよく、クールであり、日本語は話すのも聞くのもとにかくイヤでした。もちろん全く日本語を話さなかったわけではないけれど、せっかく理想的な“語言環境”である中国社会に住むことができているのだから、日本語など話したら損、くらいに思っていました。

それでなくても私たち日本人と、華人は「漢字」という強力な伝達ツールを共有しているので、話さなくたってかなりの部分まで読めてしまう、分かってしまう。かててくわえて最近はインターネットがあり、パソコンやスマホがあり、言葉の壁を乗り越えようと四苦八苦するような状況は劇的に少なくなってきています。ことここまで至ってしまうと、これはもうよほどの決心をして「外語を話そう!」と思わなければ、水はずーっと低きに流れたままでしょう。

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https://www.irasutoya.com/2015/10/blog-post_742.html

それでなくても最近の留学生は、私がこの業界に入った数十年前と比べて明らかに様変わりしています。若干の例外を除けば、きょうび日本に留学してくる華人留学生は、その多くが比較的裕福な、あるいは経済的にそれほど心配が必要ない状況の方たちです。「アルバイトはしていません」という方もいます。なかにはこう言ってはなんですが「ご遊学」的なお坊ちゃん・お嬢ちゃんもまま見受けられます。

もともとそれほど「ハングリー」でないところに持ってきて、クラスの半数が同じ中国語という母語を共有しており、なおかつ街には自分の文化圏がルーツである漢字があふれており、ネットのゲームやSNSなどの便利で誘惑たっぷりなツールもふんだんに揃っている……こんな状態で「みなさーん、日本語を話しましょーう!」と声を嗄らしている私はバカなんじゃないの? ……と虚しくなるのです。やっぱ私、あまり教師に向いていないかなと思います。