インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『台湾、街かどの人形劇』

昨日の東京新聞朝刊に、台湾のドキュメンタリー映画『紅盒子(邦題:台湾、街かどの人形劇)』に関する記事が載っていました。映画のオフィシャルサイトは、こちら

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記事には台湾の伝統的な人形劇である「布袋戲(ポテヒ・ほていぎ)」が「娯楽の多様化を背景に衰退傾向が続く」とあり、オフィシャルサイトにある予告動画でも「これでは伝統が途絶えてしまう」という陳錫煌氏の声が収録されています。

なるほど、むかしむかし台湾に住んでいた頃は、それこそ街かどで何度か「布袋戲」を見かけましたけど、現在では第一人者がそこまでの危機感を露わにするほど、伝統の継承が危ぶまれているのですね。テレビでやってる「霹靂布袋戲」などは盛況ですが、あれはもはや別のジャンルといってもいいほどの「発展ぶり」ですもんね。

確かに、CGなどを駆使して極限までリアルさを追求する映像や、音と光に満ち溢れた様々なパフォーマンスが溢れる現代、人形劇のようにある意味で観客側にも想像の翼を働かせることが求められるジャンルの芸能は「分」が悪いのかもしれません。

いや、これはどの国や地域の伝統芸能にも共通した悩みなのでしょう。本邦でも能楽文楽などは、ある程度の「能動性」が観客に求められることになりますよね。能楽は多少の背景知識があったほうが鑑賞しやすいし、文楽人形遣いの存在を自分の中で捨象する必要がある。そうした敷居を低くする試みは色々と行われていますが、一方で伝統を守る必要から例えば「スーパー歌舞伎」みたいな大胆な方向にはなかなか行けません。

私自身、能楽文楽は大好きですけど、それほど頻繁に鑑賞しているわけではないし(チケットの取りにくさと経済的な理由も……)、「布袋戲」だって台湾で遭遇したときは興味深く見ていましたけど、侯孝賢監督の映画『戯夢人生』(陳錫煌氏のお父様である李天祿氏の半生を追っています)は、ごめんなさい、うっかり熟睡してしまいました。記事は「映画を通じて多くの人に関心を持ってもらい、ファンになってもらいたい」と締めくくられています。この映画、ぜひ見に行ってみようと思います。

追記

ところで、この記事の横に「横浜中華街では孫弟子活躍」という見出しがあって、一読「あっ」と驚きました。陳錫煌氏の孫弟子にあたる日本人が「布袋戲」に取り組んでいるというのですが、この金川量氏を私が中国語を学んでいた学校でお見かけしたことがあったからです。

たしか基礎クラスの学期末に朗読大会みたいなのがあって、そこで「先輩が特別に余興を披露してくれます」ということで登場したのが金川氏ではなかったかと記憶しています。記事にもある通り、氏は京劇を学んでいらして(というか、当時はまだ北京に行かれる前だったと思いますが)、私たちの拙い朗読など吹き飛ばすような、テンションが高くて「日本人離れした」中国語を披露されていました。確か京劇の一節を歌ったか語ったかされたのだと思いますが、記憶が曖昧です。

そうか、その後北京で本格的に京劇を学び、その後は台湾の「布袋戲」を学ばれていたのですね。当時から強烈な「伝統芸能オタク」的雰囲気のあった氏でしたが、ずっと変わらずに好きなものを追い求めていらしたわけです。う〜ん、素晴らしいと思います。