インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

留学生のカンニングに対して

留学生の通訳クラスでは、学期の間に何度か「単元テスト(小テスト)」を行います。テストといっても、通訳している音声を録音して仕事に耐えうるレベルかどうかを判定するだけで、しかもその内容は事前に授業で一度訳したものです。実際の現場における通訳という作業が常に「初見」(つまり事前に音声を聴くことができる通訳業務などありえない)であることを考えれば、あまり意味がないような気もしますけど、まあ「それを言っちゃあおしまいよ」なので……。

単元テストはCALL教室で一斉に録音する形で行うのですが、教室に持ち込んでよいのは事前に各自が作成したグロッサリー(用語集)と筆記用具だけです。メモ用紙は別途白紙を配布します。「それ以外は持ち込んではいけませんよ〜」と伝えてあるのですが、少なからぬ留学生がスマホやら資料やらを持ち込もうとします。スマホや資料を持ち込んでも、通訳をしているその場で検索したり資料にあたったりする時間的余裕はないので別に構わないのですが、一応ルールとして伝えてあるにも関わらず、そのルールを守れない方が結構な割合でいるんですよね。

あまつさえ、カンニングをする人もいます。グロッサリーや資料の裏に、あらかじめ課題の訳文を書いておいて、それを読み上げようとするのです。試験中は教師が巡回しているので、そういった「ズル」をすればすぐに発覚するのですが、なぜそういう行為に走るんでしょうねえ。

まあ教師的には、あらかじめ課題の訳文を作る段階でむしろ人よりも勉強していると考えることもできるので、これも別に構わないと言えば構わないのですが、一応通訳のテストですからね。その場で、音声を聴いて、メモを取って、グロッサリーを頼りに訳出をする、その臨機応変なスキルを鍛えようとしているのに、なぜかこうやって「その場しのぎ」の姑息な手段に走る人がいるのです。

でもこれ、よく考えると回り回って自分自身の損になりますよね。だってそうやって「その場しのぎ」で逃げ回っていたら、いつまでたっても現場で通用する通訳のスキルなど身につかないじゃないですか。かつて通訳学校に通っていたときも、クラスメートの中には訳文をバッチリ作り上げてきて、訓練時にはそれを音読しているだけといった方がいましたが、私には不可解極まりない行為でした。一体何のために通訳学校へ通っているのか、と。

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https://www.irasutoya.com/2014/08/blog-post_282.html

今回は中国語母語の留学生三人ほどが、こっそりと訳文を見ながら訳していました。私は試験が終わったあとでそれを指摘して、「そんなことをしても、ちっとも自分のためにならないですよ。希望大家不要得過且過(その場しのぎ的なやり方はやめませんか)」と伝えました。

まあここは義務教育の現場じゃないので、カンニングするもしないも本人の考え方次第です。ただし、カンニングをすればその人の株は大暴落して、われわれ教職員の信用を失います。実際、カンニングの事実が教員室に伝わると「えっ、○○さんって、そういう人だったの?」と驚く先生方も多いのです。というわけで、「そうやって失った信用を取り戻すのは、みなさんが考えているよりも大変なことですよ。特に今後日本社会で働こうとか、日本人と協働しようと考えている方は、よくよく信用の大切さを考えてみてくださいね」とも伝えました。

まあ信用が大切なのは、別に日本社会に限った話じゃないですけどね。せっかく高いお金と時間をかけて日本に留学しているというのに、もったいない話です。もっとも、そういう不合理で刹那的な生き方をしちゃうのも若い方々ならではの特権かもしれません。ともあれ、次の単元テストが楽しみです。懲りずにまたカンニングをする留学生が出るでしょうか。それともみんな自分が日本に留学しようと思った「初志」を思い出して、実力で臨もうとするでしょうか。