インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

わたしの台所

沢村貞子氏の『わたしの台所』を読みました。きっかけは新潮社のビジュアル入門書シリーズ「とんぼの本」の『沢村貞子の献立日記』を読んだからなのですが、このビジュアル本はもちろん、エッセイとして名高いこの『わたしの台所』にはしみじみと共感できる文章がたくさん詰まっていて、たちまち付箋でいっぱいになってしまいました。


わたしの台所 (光文社文庫)


沢村貞子の献立日記 (とんぼの本)

名脇役として数々のドラマに出演されていた沢村氏は、その一方で二人暮らしの夫のために毎日献立を考え、食事を整える「兼業主婦」でもあったそうです。食事の他にもぬか床や「梅仕事」など、お母様ゆずりの生活の知恵を存分に発揮され、忙しい毎日を切り盛りされていたよし。現代の感覚からすれば、女性ばかりがこんなに家事を担当して夫に尽くすなんて……と、眉をひそめる向きも多いかと思います(私も多少そういう気持ちになりました)が、当の沢村氏はそんな暮らしを心底いとおしんでいたことが文面から伝わってきます。

ことに老境にいたって、身体的な衰えから様々なことが以前と同じように回らなくなるなかでの暮らし、特に食に対する感慨は自分にも大いに重なって共感できる部分が多く、それもまたこの読書体験をより味わい深いものにしてくれました。私はまだ「老境」というには若すぎるというか、早すぎる年代ですが、それでもこのエッセイを十年前や二十年前に読んだとしたら、ここまでの深い味わいを感じることはなかったかもしれません。

うちのこしらえ方、うちの味のおそうざいを、黙って食べている家人の満足そうな顔を見ていると、料理したものは苦労を忘れる。

本当にそうです。私自身は炊事全般、買い物から後片付けまで含めて「苦労」と思ったことはほとんどありませんが、外食や出来合いのものに極力頼らず、長い時間をかけて身についてきた「うちのこしらえ方」が暮らしの楽しみ(より口幅ったい言い方をすれば「しあわせ」の)かなり大きな部分を占めているのだと最近よく思うようになりました。

料理は一秒ごとに不味くなる、という。
自分が台所に立って煮炊きしていると、この言葉が身にしみてよく分かる。

これも、ホント身にしみてよく分かるなあ。おもてなしとかじゃなくて、家族のために日々作っている毎度毎度の食事だからなおさら、出来上がりのそのタイミングで食べてもらいたいと思うんですよね。なのにうちの細君ときたら、食事が出来上がっているのに長々と電話で話したり、風呂上がりの髪を延々乾かしていたり、トイレに籠ったりするんです。しくしく。「すべて、ころあいこそが大事」とおっしゃる沢村氏だったら、同情してくださるかしら。まあ私がタイミングを合わせて作ればいいだけの話ですけど。

また女性として家事全般を一手に引き受けていながら男性にもその素晴らしさを味わってほしいと願う一節や、親は自分のできる範囲で子育てをしたあとはなるだけ早く子離れをして「ひとりで生きる」工夫をすべきといった一節には、いま読んでも、いや、いまだからこそよりその言葉に重みが感じられて、沢村氏の先見の明に驚かされるのです。ご自身はたびたび「老女優」「明治おんな」と自嘲されるのですが、いえいえどうして、当節の「おひとりさま」や「老活」あるいは「終活」に先駆けること何十年、すでにここまで目の開けていた人がいたのですね。

それから、下町の浅草で生まれ育った沢村氏の、お母様の言葉がなんとも心にしみます。まるで落語に出てくる、ちょっと間の抜けた亭主をぴしりとたしなめる気丈な女将さんのような風情なのです。「冥利が悪い」なんて言葉、いまではもうほとんど聞かれなくなっているでしょうね。

沢村氏が愛したという「こざっぱりとした暮らし」。その「こざっぱり」は食事や家事にとどまらず、人付き合いや生き方や人生観にもつながっていたようです。没後は遺志に従って墓所を作らず、夫のお骨とともに海に撒かれたそうですが、私も自分の最期はそのように「こざっぱり」でありたいものだと思います。