インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

母語なのに聴き取れない

華人留学生(出身地は中国・台湾・香港・マカオなど様々)の通訳訓練クラスを担当していると、時々おもしろいことが起こります。華人留学生なのに、つまり中国語が母語や準母語*1であるみなさんなのに、教材の中国語が分からない、あるいは聴き取れないことがあるのです。

その理由としては、まずは音声そのものの質という物理的条件が考えられます。通訳訓練とはいえ、毎回生身の話し手を用意するわけにも行かないので、ほとんどは教材の録音や録画を再生することで「原発言」のかわりにしています。つまりそれだけ「リアリティ」に欠けることは否めません。またヘッドフォンで聴くならまだしも、教室のスピーカーから音を流す場合にはもっと聴きにくくなります。

もうひとつの理由は、中国語自体がとてもグローバルで幅の広い言語であるため、標準語にあたる“普通話”にも地方によって結構なバリエーション(単語の違いから、発音の違い、まれに文章構造の違いなども)があって、自分の出身地域以外の話し方に慣れていない留学生が存外多いという点が挙げられます。

例えば台湾など南の地方出身の留学生は、北京など北の地方に特徴的な“儿化音”の多く入った発音(よく口の中で飴玉を転がすような発音とも言われます)に慣れておらず、聴き取りが難しいとこぼす方がけっこういます。

今日も今日とて、映画『山河故人(邦題:山河ノスタルジア)』の賈樟柯ジャ・ジャンクー)監督が出演したテレビの鼎談番組を教材に使ってみたら、鼎談に登場する北京風発音の色濃いお一人の発言で、軒並み「聴き取れない……」とこぼす方が現れました。

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もちろん聴き取りは単に音の問題だけではありません。そもそも背景知識などの深い理解がなければ聴き取れないことも多く、そのために通訳者は事前に十分に予習をして仕事に望みます(そう理想通りに行かないことも多いですが)。私はいつも「背景知識がリスニングを後押しする」と言っているんですけど、そもそも自分が知らない事象については聴き取れないんですよね。音は耳に入っても、脳が理解できない。

ですから、くだんの生徒さんたちが聴き取れなかったのは、その地方の発言に慣れていなかったことに加えて、事前学習が足りなかったことも原因かもしれません。それにしても、自分の母語のバリエーションなのに、ほとんど脳がフリーズしてしまうほど聴き取れないという現象が起こるのが面白いな、中国語ってやっぱりとてもグローバルな言語なんだなと改めて思った次第です。

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https://www.irasutoya.com/2019/04/blog-post_87.html

教養がないと聴き取れない

母語なのに聴き取れない現象について、あともうひとつだけ考えられる理由があります。中国語の非母語話者である私がこんなことを書くのは大変失礼ではあるのですが、それぞれの“文化水平(教養度)”です。上述の番組では、鼎談に参加しているお三方とも語彙や表現が豊かで、論理的かつ機智とユーモアに富んだ話し方をしています。中国語を学ぶ外国人としての私など「こんな話し方ができたらいいなあ」と憧れるほどの知的な話しぶりで、母語とはいえ、ある程度の教養がないと理解しにくい内容も多い。

中国語は、というか中国語圏の社会は、日本よりははるかに「階級差」のある社会で、その社会各層で用いられる言葉にはけっこうな違いがあります。このあたりは、そうした階級差のあまりない(格差社会と言われて久しいこの国ではあっても)日本の方々には想像しにくいことかもしれません。一部の留学生が聴き取れないとこぼす理由のひとつに、こうした教養の多寡も絡んでいるのではないかと思ったのです。

日本語が聴き取れない?

いっぽうで、日本語母語話者が日本語に対して「聴き取りが難しい」ということはあまりないんじゃないか……と思ったんですけど、そんなことないか。日本語母語話者だって、教養や背景知識が不足していたら聴き取れない、あるいは方言や訛りなどがあって聴き取れない・聴き取りにくいということはありますよね。よく引き合いに出される東北や九州の方言など、ほとんど聴き取れません。

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あと、これは政治家に多いのですが、いわゆる「言語明瞭・意味不明」系の発言も聴き取れない・理解できないということはたびたび起こります。私は以前、旧民主党のとある重鎮(首相経験者)の通訳をしたことが一度だけありますが、この方などまさにその典型でした。

最近では、先日大臣への就任会見をしたこの方かな。私は動画サイトで全部聞いてみましたけど、さすがに「言語明瞭・意味不明」までは行かないけれど、話の軸があちこちにブレるので聴き取りに苦労しました。お隣で手話通訳をされていた通訳者さんも大変だったのではないかと推察いたします。

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*1:広東語や上海語などが母語の留学生も多いです。