インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

知らぬはオヤジばかりなり

先日の東京新聞朝刊「本音のコラム」で、斎藤美奈子氏が「知らぬはオヤジばかりなり」と書かれていました。小学館の『週刊ポスト』が「韓国なんていらない」という特集を組み、「怒りを抑えられない『韓国人の病理』」などの差別を助長する記事の掲載で批判が集まっている件をはじめとして、大手マスコミが嫌韓報道に血道を上げる現状を異常だと指摘し、その元凶に「嫌韓感情を煽る政治家と文化に疎いオヤジ系のメディア」を挙げています。

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嫌韓感情を煽る政治家」は老若男女いずれにもいますし、政治家以外の老若男女にも(残念ながら)あまねく一定数が存在します。一方の「文化に疎いオヤジ系のメディア」は『週刊ポスト』に代表される週刊誌をよく読んでいるような、まさに「オヤジ」たちの価値観なり世界観なりものの見方考え方なりを反映したくくり方だと思います。

でもコラム冒頭の「知らぬはオヤジばかりなり」と合わせて読んでみれば、政治家にせよ、出版人・放送人にせよ「三度目の韓流ブーム」の現状を知りもしないで視野の狭い嫌韓感情を拡散しているのは「オヤジ」たちだというカテゴライズの上での批判が読み取れます。そしてその対極にいるのは市民、なかんずく「オンナコドモ」であると。

斎藤氏があえて「オンナコドモ」とカタカナ書きの呼称をご自身をも含む人々の総称として使われたのは、もちろん「オヤジ」たちの旧態依然たる価値観を揶揄してのことですよね。総じて軽んじた、上から目線で使われることの多い「女子供」。それを使う「オヤジ」たちよりも、よほどフラットで公平な価値観を「オンナコドモ」は持っているぞと。

私自身はその「オヤジ」ど真ん中に属する人間なのですが、斎藤氏が挙げているK-POPも韓国グルメも韓国文学も大好きなので(オルチャンやコスメにはちょっと疎いけど)、一読、一緒にしないでほしいなあと思いました。でも一方で、たしかにこの国は(韓国もそうかも知れませんが)固陋な「オヤジ」、あるいは「オヤジ的価値観」が依然のさばっているなとも思うのです。

上述の『週刊ポスト』を私も読んでみました。週刊誌なんて買ったのは本当に十何年かぶりでしたが、改めてその「オヤジ」目線に驚きました。というか、一種の嫌悪感さえ抱いてしまいました。率直に申し上げて気持ち悪い。くだんの特集もさることながら、巻頭や巻末のセクシーグラビア、ゴシップとスポーツと“黒社会”、ゼニカネに、中高年男性の身体の悩み……私はこの雑誌を混雑した電車内で開く蛮勇は持ち合わせていません。

こうした固陋な、旧態依然たる、昭和の価値観を今に引きずる「オヤジ」がのさばる社会は、いずれその高齢化と引退によって変わっていくのでしょうか。そう願いたいところですけど、じゃあその後に控える私たちや、さらに若い世代の人々、特に男性に期待できるかというと、やや心もとないです。

家事や育児ひとつとっても、日本の男性の参加率は各種の調査で軒並み先進国最低レベルだそうですし、政治や行政における女性の参画も、日本はかなり立ち遅れています。もちろん、若い世代の方々の中には胸のすくようなフラットで公平な感覚を持っている方もいます(私の周囲にもいて、とても眩しく仰ぎ見ています)が、その一方で「オヤジ」的価値観をしっかり受け継ぎ、再生産しているような方もけっこういる。

私の友人の、そのまた友人の話ですけど、彼女の夫はこの典型的な「オヤジ的価値観」の体現者で、共稼ぎなのに家事は一切担当しないそうです。先日など、彼女が仕事で遅くなり、それでも夕飯を作ったものの、後片付けまで手が回らずに寝てしまった由。そしたら夜中に夫に起こされたそうです。夫いわく「まだ洗い物が残ってるよ」。

う〜ん。これが一般的な状況だとは思いませんけど、似たような話は他にも聞きますし、ネットで上でもよく見つかります。こういう話を見聞きするにつけ、「オヤジ」的価値観の一掃はなかなか難しいのではないかと思うのです。どうやったら、この体たらくから脱出できるんでしょうね。