インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「エレガントで、丁寧で常に笑顔」な日本人

最近、都営地下鉄に乗ると、車内のスクリーンで「都営交通」の宣伝映像を見かけることがあります。著名な国際的写真家グループである「マグナム・フォト」に所属する写真家、ゲオルギィ・ピンカソフ氏の写真と、氏へのインタビューをもとにしたスクリプトが投影されるものです。

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この国の人はデリケートだと思います。親切で、丁寧ですね。弱いものを守る精神があります。それはとても感じます。人はとてもオープンで、素直ですね。そういう意味では、日本の社会を羨ましく思います。ここにいると自分自身も変わり始めて日本人のようにエレガントで、丁寧で常に笑顔ですね。

う〜ん、どうかなあ。あまりネガティブなことは書きたくないですけど、ここまで称賛されると、私などはちょっと引いてしまいます。ピンカソフ氏ご自身にそんな意図はまったくないであろうことは十分に想像できますが、毎日人々のイライラが充満したような電車に乗って通勤している身としては、ちょっと素直には受け止められないのです。

いえ、たしかに私たちは「デリケート」なんです。だからこそあの殺人的な混み具合の電車内においてさえ、ほとんど息を殺すようにしてその不快さに耐え、だれも不満を口にしません。その意味では「親切で、丁寧」でもあるのかもしれません。だけどそんな自己抑制に耐えきれなくなって、思わず暴力を振るっちゃう方が絶えない(だからこんな「人をぶっちゃだめなんだよ」という広告さえ作られる)のもまた私たちの実情なのです。その意味では「オープンで、素直」とはとても言えないじゃないですか。ましてや「羨ましく思」われるなんて。あ、オープンで素直だから思わず「人をぶっちゃ」うのか……。

ごめんなさい、嫌味が過ぎました。そうは言っても私は、日本のある種の「秩序」をとても好ましく思っているのです。行列や電車の乗降口に並ぶ律儀さ、赤信号をきちんと守ろうとする従順さ、大地震の翌日でも会社に向かおうとするバカ真面目さ……日本人に「公徳心」が失われて久しいなどとおっしゃる向きもあろうかと思いますが、諸外国と引き比べてみれば日本のそれはかなり高いレベルでなお維持されていると思います。それは認めざるを得ない。

だからピンカソフ氏の称賛を、多少は面映ゆく思いながらも素直に受け止めればよいのですが、やはり私は最初にこの広告に接した時、どうしても「どうかなあ」という思いを抑えきれませんでした。それは最後の「日本人のようにエレガントで、丁寧で常に笑顔」という一節にとどめを刺されます。私は今の日本人に(というより東京の日本人に限定したほうがいいのかもしれませんが)何より乏しいのが「エレガントさ」であり、なにより「笑顔」であると思うからです。

……と、ここまで書いて改めて思いました。エレガントさと笑顔に欠けているのは、自分なのです。ピンカソフ氏は日本で自分自身が「日本人のようにエレガントで、丁寧で常に笑顔」に変わるのを感じたそうですが、同じ環境に身を置いていながら彼我のこの差は一体どうしたことなのでしょうか。

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