インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「まあいいか」の練習

先日「オーウェル思考」という言葉を知りました。『1984』や『動物農場』『カタロニア讃歌』などを書いた作家のジョージ・オーウェルを連想したんですけど、全く違っていて、英語の“Oh, well(まあいいか)”なんだそうです。

gendai.ismedia.jp

日頃から「まあいいか」と思うようにすると、イライラが減り、自分の仕事に集中できます。(中略)大切なのは、自分と相手との「価値観・考え方・やり方」は違うのだということを知っておくことです。

なるほど。私は最近、東京の「ストレスフル」な環境に耐え難くなってきていて、その原因は東京の人の多さと、その多くの人が互いに発信している「イライラ」あるいは「不機嫌」にあるんじゃないかと思っているのですが、それは人々が(自分も含め)「まあいいか」と他人を許容することができない、つまり互いに寛容になれていないからなんでしょうね。

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この記事は講談社の『現代ビジネス』というサイトに掲載されているので、主に仕事の効率や生産性向上という観点で書かれていますけど、この「まあいいか」は暮らし全般にあてはめて考えてもいいのではないかと思いました。

以前東急電鉄が電車内マナーに関する一連の広告を作成して話題になったことがありました。「歩きスマホ」や「電車内での化粧」に対して、「ありえない」「みっともない」とそうした行為を諌める内容で、賛否両論がネットなどで飛び交っていました。

youtu.be

私は当時このCMを留学生のみなさんに見てもらい、この内容についてどう思うか、また自分の国でこうした啓蒙活動(?)がなされているかをたずねてみました。そこでの大半の意見は「別にいいんじゃないですか」というものでした。つまりそこまでマナーの徹底を求めなくてもいいのではないか、求めても仕方がないのではないかというわけです。

qianchong.hatenablog.com

中でも、とある台湾人留学生の意見は、シンプルだけれどとても心に残りました。「みっともないかも知れないけど、そういう人なんだと思うだけ」。つまり世の中には色々な人がいて、自分の想像を超えたような人もいるのは当たり前のことで、それを変えさせようとか糾そうなどとは思わないというわけです。まさに「まあいいか」ですよね。

世の中の不合理や不条理に対して、すべてを「まあいいか」で済ませてしまうのはどうかとも思います。おかしいことはおかしいと言わなければならないこともある。でも身の回りすべてのことに異議申し立てをしていたら、上記の記事にもあるように相手に自分の「価値観・考え方・やり方」を当てはめようとしていたら、それはイライラしますし、疲れてしまいます。

オーウェル思考」の対局にあるのは「マスト思考」なんだそうです。マストは“must”、つまり「〜すべき」という考え方で、その例が上記の記事にもたくさん書かれていますが、これにあてはめれば私など典型的な「マスト思考」の人間です。そしてその「〜すべき」を自分にだけ適用しているならまだしも、他人にも期待していなかったかと自問自答したのです。答えは……していたなあ。そりゃイライラも亢進しようというものです。

私は昔から「自分に厳しい人」というのを一種の褒め言葉として認識してきたんですけど、その厳しさが漏れ出して他人にまで無制限に及ぶようになったら、これはもうパワハラ紙一重ですね。そしてそこには「イライラ」や「不寛容」や「不機嫌」の種もたくさん播かれていたわけです。東京の人の多さは当面どうしようもないけれど、自分のスタンスは変えることができます。というわけでいま、「不機嫌」の真逆にある「上機嫌」を自分に課すべく努力して練習しています。

……あ、こうやって「課すべく努力する」ってのが、そもそも「マスト思考」なんでしたね。