インタプリタかなくぎ流

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しまじまの旅 たびたびの旅 103 ……タリンのサウナと旧ソ連兵士像

ヘルシンキからフェリーで約二時間、エストニアの首都タリンにやってきました。フィンランド語もそうですが、エストニア語はもっと読めません。異国にやってきた感満載です。でもエストニア語とフィンランド語はかなり近しい関係にあるとかで、ところどころ読めるものがあります。例えばドラッグストア(薬局)を意味する「apteek」はフィンランド語で「apteekki」とかなりよく似ています。

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小雨がぱらつくあいにくの空模様でしたが、とりあえず旧市街を観に行ってみるも……どこもかしこも観光客だらけ(という私も観光客のひとりですけど)。中世を思わせる古い街並みは確かに雰囲気がありますが、正直に申し上げてこの「観光地観光地したところ」はあまり好みではないんですよね。

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というわけで、すぐに民泊の宿に荷物を置いて、まずはすぐ近くにある公衆サウナ「Kalma Saun」に出かけました。エストニアもサウナの「本場」なんだそうで、こちらはとても有名な老舗だということです。11ユーロ払って中に入ると、軒並み太った素っ裸のおじさんたち(失礼)が肉やら魚やら乾き物やらをテーブル一杯に広げてビールで酒盛りの真っ最中でした。

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もらった鍵の番号のロッカーに荷物と服をしまって、サウナへ。こちらのサウナは二種類ありました。一つは床から壁から天井からすべてタイル張りで六畳ほどの小さな部屋。ここは下から熱い蒸気が噴き出してくる仕組みでした。そしてもう一つは伝統的なレンガの釜で大きな石を熱しているタイプ。こちらは「ロウリュ(エストニア語では何というのかしら)」をして、みなさんヴィヒタ(白樺などの木の枝を束ねたもの)でばんばん身体を叩いています。

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サウナハットがかわいいです。ついでにスイカ冷やしてるのもなかなか風情がありますね。

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今回いろいろと行ってみた公衆サウナと違っていたのは、サウナ室の手前に大きなプールのような水風呂があったことです。あら嬉しや。でもかなり「ぬるめ」の水温でした。それでもほてった身体にはかなり気持ちいいです。そして何度もサウナと水風呂とロッカー室で涼むのを繰り返してから、みなさんに倣ってビールを飲んでみました。カウンターで注文したら「どれ?」と聞かれたので「いちばん有名なのはどれですか」と聞いて、この「A.LeCoq」というのを買いました。2.5ユーロ。

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やっと一息ついたので、ビールを飲んでから向かうには少々申し訳ないと思いつつも、もうひとつタリンで行ってみたかったところにバスで向かいました。それは郊外の戦没者墓地の中にある「タリン解放者の記念碑」という銅像です。

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この兵士像は、第二次世界大戦における旧ソビエト軍の兵士を顕彰したもので、「青銅の兵士」あるいは「タリン解放記念碑」としてもともとタリン中心部に設置されていました。ところが旧ソ連の一共和国だったエストニアソ連崩壊後にかつての「西側」との関係を強め、かつての「暗い過去」を思い出させるこうした像を街の中心に据えておくのはいかがなものかという機運が高まります。

そして2007年、ついにこの像を撤去して郊外の戦没者墓地に移すことになったのですが、これに反対するロシア系住民と警官隊が衝突して死傷者を出す事態に至りました。同時にIT先進国・電子国家として有名なエストニアに大規模なDDoS(分散型サービス拒否攻撃)というサイバー攻撃が仕掛けられ、様々なネットワークが麻痺する事態に。一説にはロシア政府が関与したとも言われています。

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私はこの話に関する講演を通訳学校の「ノートテイキング」の授業で使ったことで興味を持ち、もし機会があったらこの記念碑を訪れてみたいなと以前から思っていました。さびしい墓地の一角に、無数の戦没者の墓標に取り囲まれるようにして青銅の兵士は立っていました。なるほど、確かにかなり殺風景な場所にうち捨てられたように立っています。第二次世界大戦に様々な思いを抱くロシア系住民の憤慨も分かるような気がしましたし、同時に旧ソ連のくびきから逃れて独自の国家建設を急速に進めてきたエストニアの人々の、その過去を洗い流したい気持ちも分かるような気がしました。……って、サウナでビール飲んだ後のセリフじゃありませんね。ごめんなさい。

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