インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「分」を弁えて苦手な人からはすぐ逃げる

仕事をしているといろいろな方に出会います。人柄もそれぞれ、性格もそれぞれ、本当に人は千差万別なんだなあと思いますが、幸い私は人のご縁に恵まれているというか、現在間近で一緒に仕事をしている方々はみなさん「付かず離れず」、つまり仕事以外のプライベートにはほとんど絡んでこないけれども、かといって単に仕事上だけの事務的なつきあいでもない、そして物の見方考え方が比較的近くて「みなまで言わずとも了解できる」ようなある種成熟した大人の考え方を持っている方がほとんどです。

私自身はとてもじゃないけど「大人」として成熟しているとは言えませんが、それでも若い頃と比べると多少は落ち着いたのか、それとも少しは角が取れたのか、人間関係で悩むことは少なくなりました。というか、自分とは合わないなと思う人がいたら即逃げる、不義理を働くことを恐れないってのをポリシーにして、ずいぶん楽になったという感じです。

これって「言うは易く行うは難し」なのですが、そういうことができるようになったというのもある意味年の功なのかもしれません。若いときは自分も世界も無限の可能性というか方向性に満ちているけど、ある程度歳を取ってくるとそういう無謀な期待を自分にも世界にも抱かなくなるんですね。

とはいえ決して人生を諦めたわけではありません。これは言語化するのがなかなか難しいのですが、以前よりもよりハッキリと自分の「分(ぶ)」や「分際」というものに実感を持てるようになったのです。言葉を変えれば、いつ死んでもそれほど(まったくとは言えないところが中途半端ですけど)悔いはないという気持ちになりつつあるのかもしれません。分を弁えれば、そもそも実現不可能な欲望もーー組織の中の誰とも仲良く前向きな関係でいたいとか、自分も傷つきたくなければ他人も傷つけたくないとかーー抱かなくなると。

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https://www.irasutoya.com/2017/06/blog-post_80.html

それでも生きていれば、時にどうしても相性の悪い人に出くわすことはあります。そして最近、立て続けに「かなり苦手なタイプ」の方と行き会いました。それは「徹底的に人の話を聞かないタイプ」の方です。といっても、主張が強いとか傲慢とか人のことを見下していて無視するとかではなく、むしろそういう感じは外見からは少しも漂ってきません。一見人当たりがよさそうで、むしろ気弱そうでもあり、こちらが思わず相談に乗ってあげたくなるようなタイプですらあるのに、話をしてみると「徹底的に人の話を聞かない」という面白い(?)タイプの方です。

例えばお悩みを相談されて、私が「じゃあ、こういうふうに考えたらどうだろう」とか「こういうやり方もあるんじゃない?」と返すとしますね。だけどこのタイプの方はそれにはほとんど反応せず、ひたすら「でも……」と言って自分の主張や思いばかり延べ続けるのです。こちらは「誤解されたかな?」と思って、言葉を変えてアドバイスをするのですが、それにも「でも……」で返し、結局自分の思いばかり述べる。

最初はそういうタイプであることが分かりません。なにせ、人当たりがよさそうな外見なのですから。それでもずっと話し続けていると、なんともいわく言いがたい隔靴掻痒感に襲われます。それはこちらが発した言葉に、その人がまったく対応していないことが分かってくるからです。まるで深い沼に小石を投げ続けているような気持ちになるのです。あるいは暗い洞窟の闇に自分の声が吸い込まれていくような。これは体験してみると分かるけれど、とても疲れます。

このタイプの人に最近立て続けにお目にかかったので、かなり疲れました。そのうち二人は華人で、主に中国語でお話ししたのでなおさら(私の中国語が拙かったので話が噛み合わなかったという可能性は残りますけどね)。でも、私の人生はもう残り少ないので、そういう面倒な(そう、正直に申し上げて面倒です)方に時間を費やしている余裕はないのです。冷たいようだけど、そういう方からはすぐに逃げるのが吉だと思います。どんな人とも折り合いをつけてやっていくなんてそもそも不可能なんですから。

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https://www.irasutoya.com/2017/08/blog-post_677.html