インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

能舞台と東西南北

先日の温習会も終わり、今度は秋の会に向けてまた新しい曲をお稽古することになりました。今度は仕舞の「野守」です。鬼神が手にする鏡(仕舞ではこれを扇で表します)に、東西南北の神仏、さらには天上界や地獄界が映し出されるさまを表現していて、とても力強い舞です。

というわけで、詞章にはよく「方角」が登場します。「野守」にはこんな詞章があります。

東方降三世明王も此の鏡に映り
又は南西北方を写せば
八面玲瓏*1と明らかに
天を写せば
非想非々想天まで隈無く
さて又大地をかがみ見れば
まづ地獄道
まづは地獄の有様を現す
一面八丈の浄玻璃の鏡となって……

この「東方降三世」の部分、謡本の「型付け(舞の型を指示する言葉)」には「橋掛ノ方向シカケヒラキ」と書かれており、「南西北方」の部分では「笛座ノ方へ一足出……正面向サマ右へ引付」と書かれています。

私は以前に別の方が舞われた仕舞「野守」で地謡に入ったことがありますが、その時は詞章を覚えて謡うだけで精一杯で、舞の型や動きと詞章がリンクしていませんでした。でもこうやって自分が舞う段になって始めてお師匠に教わって分かったのですが、実は能舞台にはきちんと方角が定められており、詞章の言葉に出てくる方角と舞の型もおおむね一致しているということなんですね。

能舞台における方角は流儀(能楽の流派)によって異なるそうですが、私がお稽古をしている喜多流では演者が登場する「揚幕(あげまく)」のある方向を「太陽は東から昇る(そこが始まり)」として東に定められているそうです。いつもお世話になっている「the 能楽ドットコム」さんのthe能ドットコム:入門・能の世界:能舞台図解に東西南北の方角を重ねてみると、こんな感じになります。

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ABCDは能舞台の四隅に立っている柱ですが、その柱の方角とは若干ずれるかたちで東西南北が設定されているんですね。先の「野守」で言えば、「東方降三世」の部分は「橋掛ノ方向」で東ですし、「南西」の部分では「笛座」がAの柱の脇あたりですから南や西の方向にだいたい合っています。なるほど、こういう世界観が能舞台に込められているとは、これまで迂闊にも気づいていませんでした。

そういえばこれも以前お稽古した仕舞「天鼓」でも、詞章の「人間の水は南/星は北にたんだくの」という部分で、確かに「南」の時は笛座の方に進んで、そこから身を翻して「北」の正面に戻ってくるような動きでした。う〜ん、そんなことも知らずに舞っていたとは。

上述したように能舞台における方角は流儀によって違うので、同じ舞でも全然違う方角に進んだり向いたりするものなのだそうです。なるほど、だから流儀によってかなり違う印象があるんですね。これもここに来てようやく知った次第です。

*1:「八面玲瓏(はちめんれいろう)」は中国語にもあって(というか元々中国の言葉で)、誰に対しても人当たりがよいというプラスの意味と、誰に対してもいい顔をするというマイナスの意味とがあります。日本語ではこれを「八方美人」と訳すことが多いのですが、これはマイナスの意味だけですよね。実は日本語にも「八面玲瓏」はあって、中国語同様に「どこから見ても透き通っていて、曇りのないさま。また、心中にわだかまりがなく、清らかに澄みきっているさま。また、だれとでも円満、巧妙に付き合うことができるさま(三省堂新明解四字熟語辞典)だそうですけど、現代ではほとんど使われない言葉になっています。